Politologue Sans Frontieres 「国境なき政治学者」

ペンシルベニア大学政治学部博士課程を卒業し、アメリカ空軍戦争大学で教鞭を取った後、アメリカ中西部のセントルイス大学の政治学部で教えています。国際関係学、安全保障、東アジアの政治学を担当しています。ここ数年は日本の軍事力と文明間の紛争の研究を進めています。 このブログでの意見と表現はあくまで著者個人のものであり、必ずしも関係機関の政策を反映するものではございません。

現実逃避したい人は…

これ聴いとき。実は昔からのお気に入りの曲。男性ボーカルの Rene は実はかなりの役者だと思う。アクアはデンマークのダンス・グループ。

パリから帰って・フランスで流行っている曲

月曜午後ワシントンに無事到着。せっかく研究旅行から帰ってきたのに、グラントの申請の締め切りが今夜12時のため、直接オフィスに向かい仕事開始。旅の疲れ、時差ぼけ、仕事のプレッシャーで辛い。左目のまぶたの痙攣が止まらない(疲労時にこうなる)。これも今夜までの辛抱。パリとブリュッセルの研究旅行記は明日以降書きます。

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今フランスで流行っている曲の一つはこれ。

Christophe willem - jacques a dit
http://www.youtube.com/watch?v=RSVJudbomR0

ラジオでいつも流れていた。ちなみに歌手は男性。

パリから

ようやく日本語が打てる環境にありついた。フランス語にも慣れた。数年前に苦労して覚えた単語や発音や文法がここに来てとても役に立っている。パリでも英語はほとんど通じないし、特に自分を英語圏の環境に置くこともない。3年間フランス語を学んだ努力がやっと証明された。しっかり勉強して良かった。

明日ワシントンに戻ります。自分の研究は大いに進んだし、満足している。良い気分転換にもなった。アメリカに戻るとすぐにプリドクの申請の準備が待っているが、今日日曜日は残りの時間はパリの観光とみやげ物購入に費やそうと思う。のりっぺは元気でっせ!

ありえん画像とバージニアの紅葉

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この写真の英語に注目!

よく英語圏外の国々では文法の間違った英文が街中至る所で見られるが(特に気にしないが)、先日ワシントンの中華街で見つけたこの宣伝には度肝を抜かれた。言おうとしていることは「中国の書道のようなステッカー…」と何となく理解できるが、あまりに変わった表現方法に一枚撮らざるを得なかった(自分の日本語に関しては自慢できないがねショック)。

シブいねー。誰か訳してみてよ。

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最近、バージニア州でも紅葉が進んできた。昨日フィリーからの下りのバスに乗っている時気がついた。もう秋だねー。秋は自分の好きな季節でここバージニアでも紅葉を楽しみにしていたが、どうもヨーロッパに行っている間に一番綺麗な週を逃しそうで少し不安。

さ、これから出発です。日本語の打てない環境におりますので、次のブログの更新はいつになるか分かりません。しばらくのご辛抱を。

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ビリー・ジョエルで一番気に入っている曲。古いで。
Uptown Girl
http://www.youtube.com/watch?v=Pf-_RwiiVT0

ワシントン→パリ→ブリュッセル

4日ぶりにワシントンに帰還。ここ数日睡眠時間が4時間ほどしか取れなくかなり体に悪いことをしている。出張前に疲労が溜まる。今は研究所に戻ってコーヒーを飲みながら原稿を書いている。あと24時間の辛抱。それが終わったらヨーロッパで一週間の(バケーション)研究生活!

今回はパリとブリュッセルに行く。ブリュッセルには私が今年所属している研究所の支部があり、そこで昔世話になっていたテロ問題の専門家のマークと4年ぶりに再会する予定。彼は今ロンドン大学の政治学部でテロ問題の博士論文を書いていて、共通点も多い(スコットランド出身のため英語のアクセントは凄い)。パリにいる間も資料集めで走り回っているが、可愛がっている元生徒の一人が会おう会おうとうるさいので夕食を一緒に食べてくる。

ここで簡単な種明かしだが、今回の出張は、松下国際財団の研究助成金のお陰です。将来を夢見る社会学者・人文学者の皆様にはこの素晴らしい機会に感謝しつつ自分の力を試してみることをお薦めします。ちなみに私の研究トピックはここから見れて、こう書いてあります。

非対称紛争後における平和構築の段階的アプローチ
?インドシナ紛争とマラヤ危機に見る政治安定化の連続性の考察?


みんなも頑張れ。

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ところで、この記事(↓)の内容、当然のことだと思う。世界レベルで奮闘するにはまだ足りないとも思う。

東大の博士院生の大半、授業料ゼロに 「頭脳」獲得狙い

「他の国立大からは「東大だからできることで、一極集中に拍車がかかる」という懸念も出ている。」とあるが、なぜ東大を真似ようとしないのか不思議でもある。

ビクトー・チャ教授による講義の内容

先週末のビクトー・チャ教授による講義の内容は、今月号の Foreign Affairs 誌に無料で掲載されています。ご参考に。

Winning Asia
Washington's Untold Success Story
Victor D. Cha
From Foreign Affairs, November/December 2007

久々の犬の世話@フィリー

一週間ぶりにフィリーに戻って指導教授のの世話を3日間しているのりっぺです。今回の犬の名は日本語で健太。一方で私はグラントの応募の準備に追われて昨夜は4時間しか寝れず。

フィリーには木曜の午後に到着。そのまま学部に直行。午後3時ごろ、大学院生のラウンジで、同期のマットとデービッドと久々の再会。ラウンジでこの3人だけでばったりとは非常に珍しい。同僚になりもう5年目に突入。もうお互いのことはよく知っていて話も最高に盛り上がる。爆笑と絶叫の中、マットとデービッドがどちらの出身地が「凄い」かでケンカを始める(同じメリーランド州内)。博士論文で戦争の終結を研究している私は当然介入し平和的に解決させる。にっこり

5時前、無事インフルエンザの予防接種を受け、先輩のジェニファーと再会。学部内で最近発生した小さな問題の調停役をしていて彼女に軽く相談。問題は一時的にだが無事解決。

その後、担当教授の自宅に到着。早速先生の車を借りてフィリーを北上し懐かしの寿司ビュッフェのミナドへ向かう。久しぶりの寿司とあり、また普段の貧乏性がたたり大食いした結果、車酔いしながらなんとか運転し無事に帰宅。

翌日は金曜日。正午、同期のステファンと学部のラウンジで再会し、バスケをするためジムへ向かう。先週一緒にプレーした連中に合流しいい汗を流す。ステファンともいい会話ができた。2時、前日約束していたマットとペン近くの有名レストランのホワイトドッグで待ち合わせ。お互いの博士論文の話から学部内のゴシップまで話題は様々。

3時、アポに遅れまいと大雨の中走り、学部ビルへ。先週私がフィリーに来た際に、先輩のジューと後輩のダレイとクと話し、月2回のペースで博士課程の東アジア人生徒で集まり、博士論文や学部の相談ミーティングを開催することに決定。昨日はその初日。3人とも集まってくれて嬉しかった。アジア人ということもあり共通点も多く、話も予想以上に盛り上がり終わったのは7時近く。床屋に行こうと思っていたがもう閉まっていた。諦めて学部に戻り軽くメールをチェックして車を飛ばし、途中、日本食材を買って帰途に着く。今週世話している健太の散歩をして仕事を再開。来週月曜のパリ出発の前に終わらせなくてはならないグラントの申請が3つも残っている! けれども可愛い後輩のために相談に乗れてよかった。

アイスホッケー試合観戦

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フィリー出発の前日の水曜は、昼からコロンビア時代の先輩のジェーンと5年ぶりに再会。改装後初めて訪れた Sichuan Pavilion にて昼食。つい最近までエネルギー省で核弾頭、日中のエネルギー問題を担当していた彼女は元気そうだった(軍事問題でも核弾頭だけは国防総省ではなくエネルギー省にあたる)。共通の友人が多く話も盛り上がる。仕事の話も当然。お互い日本語と英語を五分五分に混ぜながらの会話は珍しい。

その日は夕食後、ジェーンと旦那さんに誘われプロ・アイスホッケーの試合を初観戦。私は野球・バスケ派なのであまり期待していなかったがこれが意外に面白い。この携帯からの写真からは伝わらないが(これはゴールの瞬間)、試合中は乱闘もあり、観客の盛り上がり方も半端でなかった。

パリとウクライナとフィラデルフィア

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パリ出張の予定が進んでいる。ホテルの予約は済んだが、フランス語の復習はほぼ諦めている。プリドクの応募の準備と進めている論文を、出発前に終わらせるために時間が必要だからだ。昨夜も4時近くまで仕事をしていた。

フランス語とはいっても所詮はロマン系の言語である。数年前だが大学時代に3年間勉強したし(成績は全てA)、ル・モンドなどの新聞は読めるし(長い目)、18歳の高校卒業直前にバイトで稼いだお金を使ってパリのユースホステルに泊まって一週間サバイバルもした。

一方でセルビアは首都ベオグラードでもロシア語を駆使し生き延びたし、ポーランドはワルシャワのウクライナ大使館でもウクライナへの入国ビザを賄賂を使って入手もした。そこから夜行バスでウクライナのリボブという街に真夜中に着いてバス停で放り出されても、地図なしで地元の人に道を聞きながら無事目的地に着いたのである。国境なき政治学者である。人間コンパスである。歩く多言語電子辞書なのである。どこへ行ってもいつも通り余裕なのである(爆笑)。

ちなみに、セルゲイ・ブブカとチェルノブイリ、そして最近のオレンジ革命で有名なウクライナという国は、最高にシブい、ファンキーな国である。普通に地元の人と乗り合いタクシーに10円くらい払って乗るのだが、それが車内にガソリンの臭いが充満しているのである。60年代のソ連製のワゴンなのである。一方で、ちゃんと切符を買って路面電車に乗っても(この写真でも見える)、車掌がアジア人の私に声をかけて切符のチェックをしつつ賄賂を強請ってくるのである。そしてその車掌は実は車掌のフリをした無職のヤンキーのあんちゃんだったりするのである。何度も沸かした水を使って紅茶を飲んでも、30分後には必ずお腹を壊すのである。ウクライナには結局は二度の入国で合計約一ヶ月滞在しただけだが、若いうちにあんな経験したら少なくともヨーロッパ内での生活はどんなんでも耐えられるだろう。

それにね、その乗り合いタクシーに乗ったり、それを運転していたり、路面電車で車掌のフリをする人達って、一見典型的なロシア人のようにストレスの溜まってブスってしているようにみえるけれど、少しでも話をしてみれば、そしてウォッカでも差し出してみれば(街中で売ってる)、意外と心の優しい、そこら辺どこにでもいる人間味のある暖かい人たちってことが多いんだ。

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明日から4日間はフィリーに戻る。大学でインフルエンザの予防接種受けてバスケして後輩2人の学部に関する相談に乗ってきます。

写真:ウクライナのリボブ。いい写真だ。
http://lviv.biz/en/lviv.jpg

皆様からのメッセージ

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日曜夜はプリドクの準備で4時間しか寝る時間がなく、重い体を引きずって仕事場に向かうも、途中でテロの学会の予定が入っていたのを思い出した。期待を膨らませ会場のレーガン・センターに寄る。パネリストの一人である国防総省の対テロ活動の責任者(陸軍の准将レベル)のスピーチに期待していたが、話の内容は「対テロ戦争は最終的にはイデオロギーの戦いだ」と最近よく聞く思考停止同様の主張をしていたので私は早めに退場。ペンタゴンのトップレベルでこれかいな。仕事場に着くと眠い目をこすりながら論文を進めた。昼は仕事場の同僚と一緒にブルッキングスで(自分の手作りの)弁当を食べ、再び仕事開始。

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最近このブログを読んでいる一般の方々から個人的にメールでメッセージを頂くことが多くなりました。私の博士課程の奮闘の様子に関するご感想から人間性に関するコメントまで様々なご意見、そして励ましのメッセージを頂いております。心から歓迎致します。私の仕事場に日本人はいませんし、ここワシントンでは日本人と話す機会も皆無で、このブログ以外日本語を使う機会が限られているのでとても嬉しいのです。最低限の社会的なマナーが守られているメッセージには必ずお返事します。
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