Politologue Sans Frontieres 「国境なき政治学者」

ペンシルベニア大学政治学部博士号取得→アメリカ空軍戦争大学勤務→現在はセントルイス大学の政治学部で教えています。国際関係学、安全保障、東アジアの政治学を担当しています。

ウラジオストクの北朝鮮レストランに行ってきた

外貨稼ぎを主目的の一つとする北朝鮮のレストラン運営は、アジア各地で見ることができる。このブログでも紹介したように、少し前にはミャンマーのヤンゴンのを訪れた

今回はウラジオストクの北朝鮮レストランに行ってきた。その名もコウリョウ。この街に幾つかある中の一つである。ここは北朝鮮との国境に比較的近く、北朝鮮の労働者のプレゼンスがあるため、北朝鮮料理への需要があるのである。また、このレストランは韓国系ロッテホテルの真後ろに位置するという地理的にも有利な条件を持ち、韓国からの客もくるはずである。私が食事をしている際は、ほぼひっきりなしに新しい客が入ってきていた。国籍などは分からないが、私のように一人で来る者もいたが、グループもいた。

レストラン内の壁に張ってある、朝鮮半島の民族衣装を着た女性。

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私が訪れたのは平日の午後6時ごろ。英語を話すロシア人のウェイトレスが二人と、北朝鮮人が二人フロアで仕事をしていた。北朝鮮人のウェイトレスはあまり英語を話さないが、目を見て普通に会話をすることができる。彼女らの前で携帯カメラを取り出すと、撮られるかも知れないと思うのだろう(そんなことするはずがない)、すぐに向こう側を向き離れていった。

レストランのこの部分は、客の多いときに演奏場所として使われるようだ。

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下の写真は、昼の時間に使われているという、バッフェの道具。

客はこの両サイドの壁に囲まれた半個室に入れられ、そこで食事をすることになる。客同士、お互いの顔を見れないようになっている。料理を注文するときなどウェイトレスが必要な際には、テーブルにボタンがあるので、それを押す。

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メニューは充実していた。私はこのラーメンと豚のソテーなどを頼んだ。ラーメンは400ルーブルで667円ほど。

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豚のソテーは750円ほど。我々の感覚では少し高めの料金設定である。

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10分ほどで運ばれてきた料理を口にすると、左下のラーメンは驚くほど美味しかった。日本のレベルでも十分通用するだろう。左上のは餃子で、これもいけた。ポン酢や醤油も必要ない。

写真上のビールは韓国製である。つまり、北朝鮮のレストランで韓国のビールを使っているのである。他には、中国のハルビン・ビールも置いてあった。それもオーダーしたが、当日は既に切れていたとのことである。

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トイレの写真で申し訳ないが、この北朝鮮レストランの男性トイレには、写真にあるようなサンタのシールが張ってあった。西洋の文化も多少なりとも受け入れられているのであろう。ちなみにこのレストランでは男性従業員は見なかった。

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子供の嵌め絵

今冬、妻が娘のために嵌め絵を作ってくれた。アンパンマンのキャラである。材料はネットからの印刷と1ドルのカードボードだが、数時間かけて作ってくれたので実質的な価値は相当高い。

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娘が持っていたのよりも格段レベルが上がったので時間がかかる。それを一日に何度もチャレンジしている娘が誇らしい。

ウラジオストク・食事編

ウラジオストクでは様々な食事を試した。今回滞在したロッテ・ホテルの朝食はバイキング。メニューは毎日多少変わる形だが、質量共に充実していた。

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ウラジオストクを訪れたことのある、中学時代の先輩が薦めて下さったレストラン、ポルト・フランコに来た。

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ここでは下の写真のボルシチに加え、チキン・キエフを楽しんだ。ボルシチは特に良かった。

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ウラジオストク駅近くに位置する Saciviグルジア料理で有名である。今回試したのはサケのホイル焼き。脂が乗ってて美味しかった。右のグラスはグルジア・ワイン。甘めで飲みやすい。

私が入った平日の夜には客が多かった。私以外では、3人の日本人男性のグループが盛り上がっていた。

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他にも、Lozhki-Ploshki (Ложки-плошки) でもロシアの伝統料理ピロシキを頂いた。前者と比べてここは一般庶民的な店で、値段も良心的である。

現地のスーパーを歩くと、キムチなどのアジア人が好む食品が多く並んでいる。事実、街中では韓国人と中国人をよく見かけた。その中の数名は、ロシア語を母国語のように流暢に話す者もいた。ロシア語のように戦略的に重要な言語を話す人間は祖国にとっては貴重な存在である。

一方で、日本人やアメリカ人、その他の観光客はほとんど見なかった。この辺でも日本は近隣諸国に遅れを取っているのかもしれない。

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カップヌードルなどの日本製品は売られている。

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おにぎりも売られている。表示されている文字はハングル語である。

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今年のクリスマス・ディナー

今年の我が家のクリスマス・ディナー。育児で忙しい中、準備や料理に精を出してくれた妻に感謝である。写真を撮り損ねたため、この写真のは夕食の内の一部である。

早速家族で楽しんだ。予想通りの美味しさ、私は幸せ者である。

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また、感謝祭に招待してくれたお隣りの家からは、うちの娘のクリスマスのプレゼントにフランス人形を頂いた。動物のぬいぐるみはいくつもある我が家だが、人形は初めて。早速開けてみると、突然の人形に驚き、未だにまだ慣れていない、可愛い娘。

ウラジオストク・社会編

早朝、ホテルの窓から街を眺めていると、午前7時には通勤の車で街中が一杯になる。まだ暗い。12月のウラジオストクは日が昇るのが8時を過ぎたころである。

滞在したホテルの部屋からの朝の眺め。

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現地調査に出かける。下の写真は街の中心部で、信号待ちをするロシア人たち。極寒の中を歩くため、しっかり防寒する必要がある。冬用コートに加え、マフラー、耳あて、股引を用意して正解だった。

ちなみに、前のビルの左のほうには、アメリカ企業のバーガーキングがある。写真右にあるマイクロバスは通勤バスである。この時間では乗客で一杯になり、彼らが吐く息で窓が曇る。

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市内中心部を歩く。

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12月上旬、海はまだ凍っていない。

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右側の建物がウラジオストク駅。この写真を撮った角度の場所には郵便局があり、その上の階には小さな土産物の店があり、商品が充実している。

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ウラジオストク駅の前にはリェニンの像がある。ベトナムには沢山あった。

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市内の別の場所を歩くと、社会主義のシンボルが目に入る。

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丘を登ること15分、ウラジオストクの観光名所の一つ、鷹の巣展望台に到着する。そこから見える景色は圧巻である。

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ロシア正教の教会は街中至る所にある。ウラジオストクにはイスラム教徒のためのモスクもある。

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ニコライ2世の凱旋門。ここも観光地の一つである。

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海岸沿いに位置する遊園地。早朝の時間のためか、冬季のためか、閉まっている。観覧車をよく見てみると…。

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簡素な造りになっている。故障や突風の可能性を考えれば、これに子供は乗せられない。

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市内のショッピングモールを歩いた。平日の昼間でも、客はあまり多くない。全ての階では黒服ガードマンがトランシーバーを片手に目を光らせている。モールの中では西洋のブランドの店は少なく、ほとんどが今まで聞いた事のない製品を売っている。

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モールの子供用エリア。ゲームセンターの入り口である。

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スーパーでは豚のマスコットをよく見かけた。お土産に2点ほど購入した。

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ちなみに今回購入したマトリョシュカ。

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クリスマスパーティ

先日、近所のクリスマスパーティにお呼ばれし、家族で参加してきた。あまり長居はできなかったが、暖かいホームパーティで楽しい時間を過ごすことができた。特に、うちの子と近い年齢の子供がこの家におり、さらに近所の子供もパーティに来たので、子供の社交性を高める点でも助かった。

先月の感謝祭もそうだったが、親類や近所の仲の良い人を呼んでの集まりはアメリカのよい所の一つだと感じる。

ウラジオストク・移動編

今後数日に渡り、ウラジオストクでの出張について書き記したい。

まず、ウラジオストクでは一部のホテルや観光名所以外では英語や日本語はほとんど通用しないため、ツアーなどでなく個人で動く場合は、どうしてもロシア語の知識が必要になる。私は大学時代に学んだだけであるため、相当忘れていた。なので出発前にネットのロシア語サイトを用いて重要表現や単語を思い出してから、渡航した。実際に現地に着けば半強制的にロシア語を話す環境に入るため、その後は多少の会話が可能になる。

今回使った航空会社はアエロフロート系のオーロラ航空。乗ったのは小さなプロペラ機で、成田空港のゲートから一度バスに乗って飛行機に乗った。乗客の7割がロシア人と思える人で、残りはアジア人。成田発とは言え、スチュワーデスや機長は日本語を話さず、ロシア語と英語を高速で話す。

機内にある雑誌を見ると、オーロラ航空は北方領土でも運航しているようだ。現在進行中の領土交渉と平和条約の締結後は、これにどれほどの影響があるのだろうか。

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2時間半ほどでウラジオストク空港に到着。そこにある他の飛行機はみな古い。

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軍用とも見れるヘリコプターを発見。この後、飛び立った。

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空港内の様子。綺麗である。

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観光客を巨大なマトリョシュカが迎える。お土産として市内で3つ購入。

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ウラジオストクを出発する飛行機のリスト。

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マイナス15℃の低気温の中、空港からはタクシーで滞在場所へ。高速を飛ばしてホテルには1時間ほどで到着。今回泊まったのは韓国系のロッテ・ホテル。暖房も効いてお湯も出て、良かった。

時差ぼけで朝4時ごろ起床。5時、ウラジオストク駅まで散歩した。

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極寒の中歩き続けるのはそう簡単なことではない。ホテル近くの喫茶店 Pirogovaya は午前8時に営業開始。ここでつかの間の休憩と燃料補給。

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沖縄を訪問して

沖縄では充実した時間を過ごすことができた。

早朝の飛行機で那覇入りし、空港で早速沖縄そばを頂く。右のはアセロラジュース。両方とも美味い!

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空港を出ると暖かい。ゆいレールに乗って国際通りへ向かう。那覇の綺麗な町並み。

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国際通りに到着。平日の午前中であるため観光客はあまり多くないが、修学旅行のグループが多かった。ここで家族に頼まれていた唐辛子を購入。ここでは翌日もスタバなどを訪れた。

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その足で向かったのは世界遺産の首里城。大勢の観光客をすり抜けながら守礼門を通る。

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入口周辺の地域では商業が発達していないのが、城内の素晴らしさと対照的だった。

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翌朝、普天間基地からタクシーで那覇中心部へ。

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24時間営業の店で沖縄そばと牛丼・カレーライスのトリプルセットを平らげた。

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太平洋戦争時の激戦地の一つである安里のシュガーローフを訪れた。

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頂から見える景色。

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治安フォーラム連載記事「アメリカでのプレゼンスを増やす韓国:ノリッチ大学の北朝鮮会議で目にしたこと」

連載させて頂いている「治安フォーラム」の最新号にて、拙稿「アメリカでのプレゼンスを増やす韓国:ノリッチ大学の北朝鮮会議で目にしたこと」が掲載された。

今回はバーモント州のノリッチ大学で開かれた北朝鮮会議に出席し、そこで感じたことをまとめた。タイトルにあるように、アメリカ各地で影響力を増す韓国人に焦点を置いた。

興味のある方は是非どうぞ。

普天間基地の Futenma House はこんなところ

今回の普天間基地訪問の様子を簡単にだが記したい。

基地に到着すると、司令官から数分に渡るブリーフィングを受け、基地内を車で回った。先日掲載したように、オスプレーやF35Bが見えた。

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その後、今回の目的である普天間基地の海兵隊幹部へのプレゼンテーションを行った。予定よりも長い2時間半にわたるスピーチは質疑応答の時間までも真剣な会話が続き、極めて楽しいプレゼンとなった。発表後は海兵隊から記念品を受け取った。

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夕食は基地内のオフィサーズ・クラブで幹部らと談笑。フィリピン人によるバンド演奏を聴きながら、ハンバーガーやホットドッグを頬張った。

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その晩は基地のVIP用の宿泊施設に泊まった。普天間ハウスという名前である。内部はこんな感じで広々としている。最初入ったときは水が出なかった。その旨を伝えるとすぐに直しに来た。

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テレビは1チャンネルしか映らない。それも国防総省の番組である。WiFi も入らないので孤独感マックスである。

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キッチン。冷蔵庫の中にはオレンジジュースのボトルが二本。食器等は全て揃っていた。

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