Politologue Sans Frontieres 「国境なき政治学者」

ペンシルベニア大学政治学部博士号取得→アメリカ空軍戦争大学勤務→現在はセントルイス大学の政治学部で教えています。政治学部准教授、国際関係学科主任、そしてアジア学科主任。国際関係学、安全保障、東アジアの政治学を担当しています。

夏季軍事講座@コーネル大に関するお知らせ

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毎年7月に開催される夏季軍事講座のお知らせです。世界各地から選ばれた20人の文民の博士候補もしくは助教授が集まり、コーネル大にて3週間過ごし安全保障学の知識を深めつつ交流をしていくという素晴らしい企画。参加は当然無料、3週間分の旅費も宿泊費も食費も全て(主催の)コロンビア大からカバーされます。また、来年は私が参加した2年前のとは違い、参加者全員に最低でも1000ドルの給料も与えられます。ウェブサイトはここから。



Summer Workshop on Analysis of Military Operations and Strategy (SWAMOS)

将来は大学レベルで安全保障を教えたいと思っている方は奮って応募下さい!

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私は去年の7月にスワモスに参加したが、これほどレベルが高く密度の濃い経験はしたことがなかった。講師は3人ともアメリカで最高レベルの安全保障の教授陣で、加えてワシントンなどから軍事問題の専門家が毎日一人ずつ訪れ講義をする。週末にはアメリカ市民戦争の舞台であるゲチスバーグ古戦場への小旅行もある(写真上)。参加者の多くは自分と同じように政治学の学者を目指す若者で、欧米を中心とする地域から集められる。私の年はアメリカを中心に、日本、スイス、イギリス、南アフリカ、ドイツ、イタリアからなど。3週間毎日一緒に生活をすることによって友人関係が深まり、今でもメーリングリストなどを通して交流が続き、もちろんフェイスブックでも多くの人間がつながっている。

スワモスを高く評価する人間は多いと思う。よくスワモスから宣伝用のパンフレットが送られてくるのだが(今回のエントリーもそれが理由)、そこに過去の参加者のコメントが書かれている。そこから幾つか挙げてみると、

"Best academic environment I've been in..."

"I would have paid money to attend the workshop."

"a once in a lifetime experience."

"... high learning curve, excellent instruction."

などがあり、そして最後に、

"Anyone who thinks this field is no longer important should come for just one day to SWAMOS."

私も同感です。

スワモス開催中、一人でコーネル近くのカユガ湖に降りてきて
大自然に囲まれて博士論文を執筆中(こういうの好き)。
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学部からノミネート!

一泊二日でフィリーに来て学部を訪れている。今回の主な目的は学部長と学部の院生部長に博士候補としての審査を受けるため。そして昨日、学部から正式にノミネートを受けアメリカ最大の研究機関への研究フェローシップに応募する事になった。博士論文の進展が学部全体に認められ、今までの功績も評価されたようだ。我が政治学部を代表して挑戦するのは気合が入るし、期待されることは嬉しい。そしてこれからも誇りを持って頑張ろうと思う。

今からワシントンに帰ります。残りのエントリーは数時間後に。

博士課程が夢だった頃

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まだ私は博士課程在籍中の身だが、自分が子供の頃、そして一般的に若かった頃、まさか自分が留学し米国の大学で博士候補として勉強する人生を歩むことになるとは思わなかった。今こうして毎日研究をし、「現実の世界から離れている」と批判されながらも自分の夢をかなえようと努力し、指導教官と毎日のようにコンタクトを取り、同じ大学院に通い私よりも数倍頭の良い同僚らと会話する自分など、数年前の私には想像することさえできなかった。

コロンビアで修士課程にいた頃、ベッツ教授のアメリカ外交政策のゼミを取り、彼のような教授に憧れ、博士課程に進学し少しずつ大学で教鞭を取ることを夢見始めた。彼の授業は徹底的な努力重視のゼミで(スワモスという彼が引率する夏季軍事演習講座でもそうだった)、自己訓練の重要性を学ぶ一方、努力を続ける限り学問での成功はありえると信じ始めた。ペンの博士課程に進学する前に一年間ワシントンのシンクタンクに一時的に体をうずめたが、それもベッツ教授のアドバイスによるものである。

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ペン入学後、実際に2年間TAとして生徒を担当し授業を教える経験をした。この過程で、教師という立場、そして職業が、自分の夢にここまでマッチしているかとも、今まで思ったことはなかった。ベッツを知る者はこのブログの読者の中にもいると思うが、私も彼と同様、努力する生徒に対しては最大の敬意を示し、できる限りのサポートをする。授業でのスタイルもそうである。ゼミではとことん生徒に絡み、彼らを刺激し新しい考えを注入しそれに対して挑戦させる。生徒個人の元々ある知識や訓練などにはあまり注目しない(過去に似た授業を取ってきた生徒は結構多い)。より重要なのは、その授業内で学問に敬意を示し、新しいことを得ようと努力し、授業に貢献するその態度を見せることであり、そのような者に対しては私も最大級の賛辞を送る。そしてまさか自分がそんなスタイルの授業をすることになろうとは昔は一度も思わなかった。小学生の頃はレストランの経営者になるのが夢だったからね。

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そしてこの写真にあるように、まさか自分が研究の一環としてパリに行くことになるとも思わなかった。フランス語を勉強していた学部生の頃はどちらかというとミーハー色が強かったから(それでも3年勉強した)。

写真上はセーヌ川から見るシテ島、下はエッフェル塔を背にしたフランス軍事学校(Ecole Militaire)。1750年開校、ナポレオンも卒業生の一人。

週末のスウィートな筋肉痛

今日土曜はいつものブルッキングスのメンバーらとスポーツの日。今回はソフトボールではなくタッチ・フットボールをした。これはアメフトの単純版で、普段なら相手をタックルをしてボールを止めるところを、それでは大変なので両手を用いて相手を触る(従ってタッチ)というもの。初めてだったのであまり期待していなかったが楽しかった。自分でこんなに多くのタッチダウンを奪えるとは思っていなかった。体の大きさでは周りに敵わないが、スピードでは十分通用する。また、今日はペンでの同僚で友人のウェンディとも久しぶりの再会。あとは自分の仕事場から友人のロンも連れてきた。

てなわけで今週末の残りは全身の筋肉痛と戦っています。

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一般的に、私を含むガリ勉君(良い意味の努力家)には運動音痴のイメージがまとわりつく。勉強時間の長さと運動力の低さの関係は基本的に否定はしない(運動神経や運動能力は別)。私はそのイメージを払拭すべくスポーツをしている面もある。小学校時代から運動は得意だったし、野球もバスケもマラソンも水泳もやってきた。日本だけでなくアメリカでも十分通用する。博士候補生を甘く見てはいけないのである。

ただ同時に、何か楽器でもやってれば良かったなと思うこともある。

シカゴのアルバム

今日のエントリーは、8月に学会で初めて訪れたシカゴでの2枚。シカゴは大きな街の割には密度が濃く、何を探しても近くに見つかる便利なところだった。

学会での発表も上手くいった。少しずつ自分の研究に自信が持てて来たことを実証する機会だった。来年の政治学会はボストンで開かれる。3月には国際関係学会がサンフランシスコにて開かれ、まだ一度も発表したことのない論文で挑戦します。

1.シカゴ市北部からミシガン湖と市内中心部を。
泳ごうと準備をしていたのだがビーチが見つからず。
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2.シカゴの中心部。学会の会場のホテルもここからすぐ近くだった。
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パリのアルバム3:セーヌとナポレオン

1.セーヌと紅葉。東を向いて。
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2.シテ島から見るパリの町並み。
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3.私の好きな映画「ボーン・アイデンティティ」にも出てくる
パリの中心地ポン・ヌフ(仏語:新しい橋)にて。
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4.フランスの軍事博物館のある Les Invalides にて。もちろんナポレオン。
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毎日のハードルを乗り越えて

人間は成長するために幾つもの難しいハードルを乗り越え続けなくてはならないのだが、ここ2日はそれが幾つも同時にやってきて、とてもストレスが高かった。普段の私はストレスという状態とは全く無関係にあるのだが、昨夜はあまりの重圧のために疲れから来たのだろうか、一発で右目が腫れ上がってしまった(もう大丈夫です)。実はこの時期はこちらは感謝祭の週で祝日ムードなのだが、それが私のプリドクの応募の時期と重なった。応募に必要な書類を揃えるだけでも大変なのに、推薦状を指導教官らに頼んだり学部の承認を得たりするために長いメールを何度も書かなければならず、その一通一通に悩んだ。

数分前、ようやくそれに一区切りついた。少し楽になった。それでも明日、感謝祭の祝日返上で仕事場に行って準備を続ける。私の現在の住処の大家さんは77歳のスウェーデン人のばあちゃんで、名前はキャロル、そして彼女は敬虔なキリスト教徒。明日は私は朝から仕事に行くため会えないだろうが(私の部屋は家の一階で、キャロルは二階と三階に住んでいる)、私のために感謝祭のパーティで用意した七面鳥のサンドイッチを取っておいてくれるとメールしてきた。嬉しいね。

今日の音楽:Enya - Anywhere Is
http://www.youtube.com/watch?v=RO8fCBkO0s4

パリのアルバム2:風景、サクレ・クール、ラ・デフォンス

景色や建物の写真ばかり載せると「のりは本当に研究してきたのか?」と極めて的を得た質問をされてしまうのだが、いいのがいくつかあるのだから仕方がない。大丈夫、研究は進みました。

1.滞在したホテル近くの風景。
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2.エッフェル塔近くの人通りの少ない道。
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3.Sacre Coeur (日本語で「聖心」の意)寺院。
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4.Sacre Coeur のあるモンマルトルの丘から眺めるパリ市内。
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5.二つ目のホテルはここ La Defense の近くにあった。
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パリのアルバム1:セーヌ川と地下鉄

先月末から一週間研究で訪れたパリのアルバム。8月末に学会で行ったシカゴの写真も数日後に続きます。

1.秋のセーヌ川。
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2.セーヌから東を眺める。遠くの右に見えるのがシテ島。
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3.
地下鉄の Charles de Gaulle Etoile 駅にて。
広告が上から吊るされている珍しい光景。
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私がヒラリー候補を応援する理由

このブログの目的は複数あり、その中には例えば私のような国際政治学者を夢見る者を勇気付けながら後押しすることがある。また同時に、真剣に研究を重ねその結果をを信じ、それがたとえ少数派の意見となる場合でも、勇気を持ってそれを表現するよう励ますこともある。今まで成功した人生を送ってきた人の多くは必ずそのような経験をしている。自分を信じるのである。少数派になることを恐れてはいけない。

私は、日本人のレンズで来年の米大統領選挙を見る場合、民主党の政権、特にヒラリー候補を応援している。少し日米関係をかじった日本人の間では、一般的に民主党、そしてヒラリー候補は評判が悪い。理解できよう。ヒラリー氏は夫がそうであったように日本に対し「敵対的」で、日本よりも中国寄りである(参照:ヒラリーの最新論文、Security and Opportunity for the Twenty-first Century)。日米関係に「ひび」が入ってしまう。アメリカに「嫌われれば」国際社会から「孤立」する。大多数の意見は、ブッシュ大統領が代表する保守派政権に傾くのである。私の意見は少数派である。

だたこれらの逆を言えば、日本は独立するのである。このことはいずれ真面目な論文に書いてみたいと思っているが、アメリカが日本から「離れる」場合、日本は国際社会(と呼ばれる意味不明なもの)から「孤立」し、嫌でも自分で外交の舵を取らなくてはならない。それは日本にとってプラスとして見るべきである。というよりも、世界のシステムから見る場合、一つの国民国家としてそれは当然のことなのである。

もちろん、ヒラリー候補の政策にも問題はある。例えば、彼女のイラク戦争開戦への賛成票を投じた事(アメリカの多くのリベラル左派にとっては問題だが、皮肉にもイラク戦争への追随外交に必死な日本政府にとっては喜ばしい事)、アメリカ社会を「分割」してしまうその強い人格とリーダーシップなどが一般的に挙げられる。ただ同時に、アメリカ初の女性大統領として期待できる点も挙げられる。イラク戦争からの撤退、アメリカ外交政策の「平和化」(性別と攻撃性の相関関係のデータがあれば私はそれに対して非常にオープンである)などがあり、そして日本から見る場合は、日本の外交・安保面での独立が挙げられる。

日本は国際社会から孤立する事を恐れてはいけない。そもそもその「孤立」という言葉の定義をし、それが日本の外交にどのような影響を与えかねないか、真剣に考えるべきである。日本の孤立は日本を強くする。現行の日米安保の傘の下で守られて立派な一国として振舞うことのできない日本が、その国際地位の低下を嘆くのは正直アホらしい。自国の招いた当然の結果なのである。
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