Politologue Sans Frontieres 「国境なき政治学者」

ペンシルベニア大学政治学部博士課程を卒業し、アメリカ空軍戦争大学で教鞭を取った後、アメリカ中西部のセントルイス大学の政治学部で教えています。国際関係学、安全保障、東アジアの政治学を担当しています。ここ数年は日本の軍事力と文明間の紛争の研究を進めています。 このブログでの意見と表現はあくまで著者個人のものであり、必ずしも関係機関の政策を反映するものではございません。

2008年08月

ボストン・チャールズ川の写真

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ただ今帰ってきました。今回の学会では自分の人生でとても大きな良い経験を得た。ディスカッサントの役割も自分の論文発表も上手く行った。努力も認められた。続きは明日のエントリーにて!

この写真は今回泊まったホテル沿いのチャールズ川。ボストン中心部を眺めて。

ボストンへ

行って来ます。学会頑張って来るぜぃ。ワシントンに戻るのは土曜深夜。

来週からは我が街フィラデルフィアに引っ越します。

テロ研究者としてデビューした月曜日

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月曜はランド研究所での発表会。待ちに待った、今夏の集大成の日である。

当日は朝から監督のデイビッドと最終打ち合わせをして発表の内容を確認。開始数十分ほど前からは一人になり、少しずつ緊張が高まり重圧を感じたため昼食も取らずに、精神統一しながら最後の準備を続ける。

2時、発表開始。私のトピックは「アルカイダ戦における戦略対話の役割」。対話というソフトな単語を使うが、発表の中身はテロリストを相手に構想され、情報戦、心理戦、特殊作戦をフルに織り交ぜた戦略・作戦論である。具体的には国内世論の操作方法、偽情報の作成と流布、カウンター偽情報、アルカイダ内発の誘発作戦など。もちろん、単に作戦案として刺激的なだけでなく、その現実性とのギャップから発表参加者(観客)からの反発は簡単に予想できる、非常に物議を醸す内容である。もちろん宣伝効果もあり、発表開始の数分前から会場を満席にした。

準備が功を奏したのか、発表はスムーズに進む。しかしそれも最初の30分のみ、少しずつランド特有の研究者からの介入が始まる。一度入ると止まらず、2人から3人、4人と意見が飛び交う。私が慣れている大学での発表会はより「紳士的であり」、ランドのとは大きく異なる。反対意見も幾つか出、私も応戦。自分の発表のコントロールを少し失いかけながらも、何とか最後まで終わらせる。想像していた形で終わらせる事はできなかったが、また途中で退場者も出たが、自分を信じて行った研究とその主張を最後まで勇気を持って守り抜いた。

終了後、次善のパフォーマンスに少し落胆しながら片付けていると、監督のデイビッドが喜びながら褒めてくれた。私にとっては初めての体験だったのだが、この「ディベート」形式の発表会が実はランドスタイルらしく、今回は上出来で誇りに思ってよいらしい。私にとっては全く意外な反応だったが、その後、他の参加者とも話しをしてみると気に入っていたらしく、サンタモニカ事務所で私の発表を聴いていた、全く知らない方々からも個人的に将来の研究方法についてのアドバイスを頂いた。タフな参加者が多かったが、こんな経験を乗り越えて強くなっていく自分を感じている。大変な試練だが、頑張ってみるもんだ。

また、特に嬉しかったのが、ここ数ヶ月の間お世話になった上級研究員の数名が顔を出してくれた事。月曜日と忙しい中、わざわざ時間を作って来てくれた。思い出のために記録をしておくと、監督のデイビッドはもちろん、9月からオックスフォードで博士号を始める、私の姉のような存在になったナディア、私のもう一人の姉のようになったべス、少数派の意見でも勇気を持って主張するカール、私とは明らかに考えを異にするが応援してくれたビル日本政治にも詳しいトム、鋭い反対意見を発するアンヘル、当日イラクから帰ったばかりのトッド、サンタモニカの事務所からは伝説の経済学者チャールズ・ウルフら数名、ピッツバーグからはロウウェルら数名。そして誰よりも大切な、今夏友人になった同僚のアニット、ステファニー、オリアナ、アーニャ、ネイサン、サラ、フランシスコ、アダム、ベン。他にも名前を知らない人が多く参加してくれた。

苦しさとプレッシャーを乗り越えて、また一段と進歩した。ランド研究所の軍事専門家と議論を交わし、部分的にも彼らを印象付ける事ができ、アメリカ最先端の軍事学も少しずつだがやっとつかめて来た。後はここからどう伸びるか。

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イメージ: http://www.causes-of-terrorism.net/images/taliban2PT.jpg

プレッシャー

金曜は朝から晩までフィラデルフィアで過ごし、秋からの生活の準備を整える。今後の進路をアドバイザーと少し相談し、その結果軽くだが少し落ち込む。どんなに頑張っていても上手く行かない事はある。博士論文が150?できていても、それが認められない場合もある。ただ教授陣からのサポートは厚く、私のキャリアを真剣に考えていてくれるのはよく分かる。理解すべきなのは私の方なのだろう。

金曜深夜、アムトラックの特急電車で帰宅。疲れ切って半日は余分に休みに充てる。月曜のプレゼンの準備は重い。私の発表を聴くのはランド研究所のワシントン事務所の軍事系研究員のグループだけでなく、カリフォルニアのサンタモニカとペンシルベニア州のピッツバーグの事務所の研究員も(同時ビデオで)含まれる。重圧を感じる。週末はボストンでの会議で、単に自分の論文を発表するだけでなく、今回はディスカッサントという、私にとっては初めてになる重要な役割を担うにあたり、大きなプレッシャーを感じる。

今までコンプスでも、博士論文要綱のディフェンスでも、数々の学会でも似たような状況で、似たようなプレッシャーを跳ね除けてきた。逆境も乗り越えてきた。辛い時も頑張ろう。

ダリル(指導教官)の論説記事@NYT

今朝本人からのメールで知らせを受けた。中東を中心とする石油問題に関して。

All the Oil We Need
By EUGENE GHOLZ and DARYL G. PRESS
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