Politologue Sans Frontieres 「国境なき政治学者」

ペンシルベニア大学政治学部博士課程を卒業し、アメリカ空軍戦争大学で教鞭を取った後、アメリカ中西部のセントルイス大学の政治学部で教えています。国際関係学、安全保障、東アジアの政治学を担当しています。ここ数年は日本の軍事力と文明間の紛争の研究を進めています。 このブログでの意見と表現はあくまで著者個人のものであり、必ずしも関係機関の政策を反映するものではございません。

2009年06月

故郷へ:レイクタウン、小学校、ラーメン屋

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今月最後のエントリーは私の故郷に関して。

日曜日は数日振りに越谷へ。今まで気になっていた、最近新しくできたイオンレイクタウンに足を延ばした。ここは私にとっては思い出の深い見田方遺跡の場所に作られたものである。

足を踏み入れるとそこにあるのはアメリカのショッピングモール。実際私の知っているアメリカの大手のモールよりも大きな規模で圧倒された。

内部で見る言葉の大半が英語であった事にも驚いた。そこまでするかい!と思うほど、店の名前の多くが英語。テナントも外資系多し。モールから一足踏み出せば草ぼうぼうの荒地が続く。また、私の同窓で覚えている人もいるだろうが、私たちの中学時代は、この見田方遺跡の周りで毎年マラソン大会をやっていた。男女別だが全学年同時に競争した、懐かしい思い出である。小学生の時にはここで夏キャンプもしていた。

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懐かしく思いながら、その後は地元のバスに乗って私の卒業した小学校へ。数年振りにグラウンドに立つと、地元の少年野球チームが練習をしていた。私も昔はその一部で、毎週末練習に励んでいた。これまたなんて懐かしい風景。

小学校から越谷駅への徒歩の道、きれいなアジサイを見つけた。私がかつて住んでいた家の近くも徐々に変化している。

数分歩いて駅前に着くと、先日の小中学の同窓会の話のネタにも出てきた、結構みんな行っている、馴染みのラーメン屋で昼食を取った。

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その同窓会で語った事は、故郷を歩き回るのは私にとっては年に一度できる程度の非常に大切なイベントだという事。他の人には中々理解されないかもしれないが、故郷から距離が離れるにつれ、そこへの思いやりは一方的に強まってゆく。世界中どこにいようがその法則は変わらない。

来年、就職先がどこに決まろうとこの気持ちは大切にしたい。

ノリ・ネル・ムンド

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フェイスブックで何度も招待されていた、「ノリ・ネル・ムンド」というグループに参加した。「世界ののり」という意味で、苗字、下の名前のいずれかに「のり」と入っている、文字通り世界中のFBユーザーを集めたコミュニティ。

コミュニティの参加者を見るとその大多数が、苗字として Nori を持つイタリア人。100人以上いるようだ。面白い。

さらに面白いのが、そのコミュニティの紹介文。オリジナルのイタリア語の紹介文から、ネットの翻訳ツールで無理やり邦訳したものに見える。

「これらの名前または姓ノリ..我々は我々としては、藻類と呼ばれてすることはできません!」

藻類ってしかも、日本語の「海苔」の事やんけwww

今後の予定

自分の夏休みの方向性をクリアにする意味も込めて。

7月半ば: 博士論文のイントロ、理論、証拠の計3章を博士論文委員会に提出。

7月半ば: ベトナム・マレーシア出張。

8月上旬: アメリカ帰国、学会用の論文を仕上げる。就職活動が本格的に開始。

9月第一週: アメリカ政治学会で発表@トロント。秋学期の授業開始。

9月第二週: デューク大での「新しい顔」会議に出席、論文発表。

研究所の毎日

徹夜明けの疲れきった体を引きずって今週も研究所で論文執筆。順調に進んでいるか?と笑顔の所長に尋ねられる場合の私の答えは決まっていて、予想していなかったほど生産的な時間を過ごさせて頂いている。

研究所ではしばしお喋りをして、一人自分のギャグに大笑いをして事務の方々や研究員の方々に迷惑をかける事もあるが、私にとってはここ以上にアットホームに感じられる研究所は少ない。私が最後に在籍した2年前の楽しさがここには今年もある。

昨夜は所内のパーティに参加して、霞ヶ関ビル近くのイタリアンにて楽しい時間をご一緒させて頂いた。他に知る術もない、貴重なお話もたくさん聞かせて頂いた。

この機会を与えてくれたスポンサーに深く感謝して、残りの時間を有意義にすごしたいと思う。

博士論文執筆の影の苦労

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今夜は何を思ったのか徹夜で仕事。たまに自分を戒める意味を含めて強行する。

ここ数日の論文執筆の過程で、議論の進行の仕方に問題がありそれを直す必要があった。明日はいつも通り研究所に顔を出す予定だから早めの就寝もオプションの一つだったが、深夜回った時点でコンビニに走って缶コーヒー2杯飲んだため既にあきらめモード。体力の続く限り頑張ります。

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ベトナムとマレーシア出張の日程が決まったので、今は日にちごとのスケジュールを埋める作業に追われている。今回の目玉の目的地はインドシナ紛争における仏軍からの最初の爆撃地のハイフォンと、最後の激戦地ディエン・ビエン・フー、そしてそのラオスとの国境沿いの地域である。ディエン・ビエン・フーまではハノイから片道16時間のバスの旅で、途中の山岳地帯ではインドシナ半島の高地を代表する絶景が見られるらしい。

イメージ
http://visitasiaguide.com/visit-vietnam/pics-vietnam/dien-bien-phu-valley.jpg
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