Politologue Sans Frontieres 「国境なき政治学者」

ペンシルベニア大学政治学部博士課程を卒業し、アメリカ空軍戦争大学で教鞭を取った後、アメリカ中西部のセントルイス大学の政治学部で教えています。国際関係学、安全保障、東アジアの政治学を担当しています。ここ数年は日本の軍事力と文明間の紛争の研究を進めています。 このブログでの意見と表現はあくまで著者個人のものであり、必ずしも関係機関の政策を反映するものではございません。

2009年10月

国境はこう渡る:ルボブからクラコウへ

時は遡り、ウクライナのルボブからポーランドのクラコウへ向かう夜行バスの中。入国審査で数時間待たされ、パスポートがようやく戻ってきて一息ついていた。深夜、バス後部の座席でうとうとしかけていると突然、左方向の外からバスにめがけて投石が。窓ガラスが一枚バーンと大きく割れ、大音で起こされた乗客数名が少し騒ぎ始める。私の荷物にはガラスの破片が散らばった。バスは何事もなかったのかのようにそのままポーランドの闇の中を走り続けた。

午前2時ごろ、地図にも載っていない停車場で休憩中、私はバスを降りて窓を見に行った。大きな穴がポカッと空いていた。もちろん乗客も、運転手も、そして私も特に気にしない。10分ほどの休憩の後、バスに戻り、残り数時間の旅を続けた。

クラコウ駅前に到着したのは午前4時半。突然叩き起こされ、降車したのは私を含む3名。その人たちはすぐに闇夜に消えていった。道行く人はもういない。地図も持っていない。空腹と戦っていたがコンビニも見当たらない。そもそも特に「店」が見つからなかった。

仕方なく駅前のベンチに一人座って、その日の日記を書き始めた。

週末の仕事、論文執筆、書評

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今週末はニューヨークへの日帰り旅行を考えていたが断続的な大雨のためどこにも行けず。仕方なく自宅や近くの喫茶店で博士論文を進めていると、同時進行の英ソ(ソマリア)戦争と結論のイラク戦争の章がとうとう終わりに近づいている事に気が付いた。ソマリア戦争の研究では特に、あの「アフリカの角」と呼ばれる地域においては運送、物資、水の補給、そしてラクダの役割が戦略的に重要だと学んだ。

研究を楽しみながら、毎日書き続ける成果あってか、もうあと数時間で各々終わるペースである。論文提出まで1ヶ月以上あるが、最後の数週間は仕上げと各章のバランスの調整等に取っておきたいと思っている。

一方で、先日書いた対反乱軍戦略に関する図書の書評を書いている。あるジャーナルにコンタクトしたところ私のに興味があるようで、書評の完成も同時に進めている。Book Review の出版はほとんどの場合内的に事が進むのだが、こういうやり方もあるのね、という事でいい勉強にもなった。これはあと数日で完成、提出します。

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イメージ:駐ソマリランド・ラクダ保安隊員(Somaliland Camel Constabulary)
http://www.somalilandtimes.net/sl/2007/298/74_clip_image007.jpg

日米核密約問題について

ここ数ヶ月の間、巷を騒がせている日米核密約問題。今日、ジョージワシントン大の National Security Archive が、民主党率いる調査団にとって役に立つであろう日米間の密約に関する情報を公開した。

Nuclear Noh Drama
Tokyo, Washington and the Case of the Missing Nuclear Agreements

更に、未だ機密解除されていない文書があると指摘し、オバマ政権に対しても解除を求めるようマイルドに提言している。日米安保関係の将来に興味のある研究者にとっては朗報であろう。

ただ同時に、なされるべき事も残っている。私が少し懸念するのが、日本側の情報公開に対する抵抗がまだ強く残っている事と、関係書類の調査をする日本側の代表団が、外務省関係者で構成されている事である。特に後者の点については、史実をできるだけ忠実に分析し、バイアスの少ない状況判断のできる人間が集まるべきである。すなわち現在と近い将来の日本の政治状況に利害関係を持たない個人が、政治とはほぼ完全に独立した形で調査を進めるべきであると思う。従ってこの調査団は外務省管轄の外にあるべきであると思う。

日米核密約の真実が少しずつ明るみにでるに従って、過去の自民党の政治判断に対する見方にも変化が現れるだろうし、私はそれを強く望んでいる。同時に、アカデミックの安全保障学の研究者にとっても、今までと違った日本の安保政策、そして核拡散の理論に対する新しい見方も生まれると思う。

自民党政権のアフガン政策の失敗と、民主党政策の不透明性

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911以降、小泉政権が率いた日本のアフガン政策は他国軍への補給支援活動を中心としていた。日本の外交官にそれを問えば皆同じように、日本がした事がいかに正しいか私に熱弁してくる。日米同盟という、アフガンから見れば大して重要ではない、狭い枠組みで見ればそうかもしれない。

もちろん、給油活動含む兵站という要素は戦争において重要であり、「アマチュアは戦略を語り、プロは兵站を語る*」という格言もありそれは多くの場合正しいのだが、つい最近までの日本がやっていた、「戦略のない兵站」というのも致命的な失敗要素である。

911以降の日本のアフガン政策はどんな時でも、日米同盟という外交の延長として見るべきでなく、対反乱軍戦略というより重要で、より広義の戦略の視点から見るべきであった。ここ数年のアフ・パク(アフガニスタンとパキスタン)の状況の悪化を見れば、日本のアフガン政策は政治・軍事的にほぼ無意味の、我々の血税を無駄遣いした、失敗極める政策であったことは明らかである。そしてつい最近まで、外務省、自民党政治家の多くがよくもそんな政策を正当化できたのか、そしてなぜマスコミさえももっと真剣に噛み付く事をしなかったのか、不思議に思う。

そして今日の記事。

元タリバーン兵に職業訓練打診 外相、カルザイ氏と会談

岡田外相、アフガン民生支援強化…大統領に表明

私の知る限り、民主党は党内の政策の合致のために時間がかかっており、現時点ではアフガン政策の方向性は定まっていない。更に、戦争の一部として行われる岡田外相のこの提案は、もちろん外務省もそうなのだが、同時に防衛省の仕事のはずでもあるのである。

ただもしも日本が今後アフガン状況に関与する意思と能力がある場合、そしてこの記事が示唆しているように、タリバン元兵士の職業訓練を通した、より直接的なアプローチを定着させようと民主党がしているのであれば、ある程度はその意思は歓迎されるべきである。

もちろん、アフガン状況は複雑を極め、一つの政策のみで問題は解決できない。日本に対するアフガニスタンからの期待が、戦争に勝つための一番の近道であるとは、そして日本のより健全な安保政策の形成に役立つとは、毎回言い切れない。今回カルザイがしてきたような、日本の金銭的な貢献がベースとなるような政策への要望(記事にあるような給料負担、電力、高等教育、農業への支援)は今後少しずつ、固辞するべきである。更に、これはより重要な事だと思うが、元敵兵の「心と魂」を勝ち取るための手段はより包括的な軍事政策の一部として考慮され、今後はより大きな枠組みを持ってアフガン政策を形成してゆくべきだと思う。ただ現時点で、方向性としては間違ってはいないと思う。

ところで外相の軍事面のブレーン・アドバイザーは一体誰なのかどなたかご存知? COIN(対反乱軍戦略)の事どれだけ知ってるの?

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*石津朋之「解説 マーチン・ファン・クレフェルトとその戦争観」マーチン・ファン・クレフェルト『補給戦』,中公文庫,pp.399-417,2006年5月

イメージ:http://cannoneerno4.wordpress.com/2008/12/15/good-guy-militias-community-based-local-defence-forces/

国連問題とアフガニスタンの大統領選挙

マルチタスキングも最高を極めるここ数日、文字通り一つの事に集中するのが大変だ。注意が散乱する中、自分に鞭打ち脳にカフェインを注ぎ込み、少しでも博士論文を進めようとする。

そんな中、アフガニスタンの国連事務所の混乱に興味を持っている。大統領選挙がこの夏行われ、カルザイが大統領職に「再選」するであろうと見込まれて数週間、カルザイの応援団長として国際世論の形成に深く関わっていたのは、本来中立であるはずの国連事務所所長の Kai Eide。ノルウェーの現役外交官である。彼が深く関与したと噂される国連の醜態は少なくとも3つの問題点から派生する。

1.中立の立場を超えてカルザイの再選を応援、不当選挙の結果を無理やり正当化しようとしていると申しだされる。

2.Eide のこの姿勢に反対した、部下のガルブライス次長(元米外交官)は、事件の問題化を恐れた国連事務総長の潘基文から先月末、左遷を言い渡される。すぐさま親ガルブライス派の事務員3人も辞任。

3.Eide の非がほぼ明らかになりつつある今日、国連のアフガン事務所の推進力の低下は免れない。

結局カルザイに利用され、不必要に米国務省を怒らせ、国際社会からもその判断力の欠陥を批判されるのは国連本部なのである。就任以来一貫してその存在感、指揮能力の欠陥を指摘されている潘基文、彼が国連事務総長の職にあてがわれた理由はしょせん「今回はアジアの番」だからである。特に際立った能力を買われて就任したわけでもなく、東アジア出身である程度の実績が認められたからである。そんな「我々の」アジアの代表がこれでは情けない限りであるのだが、それよりも更に悲しいのが、彼よりも適任であったアジアの代表が他にいなかった事である。

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後日追加

10月11日、Eide の反撃がワシントンポスト紙上に掲載された。

U.N. Envoy: Accusations of Pro-Karzai Bias Are Untrue
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/10/11/AR2009101100157.html?hpid=topnews

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金曜午前中は事務の仕事を終わらせ、正午過ぎよりジムにてバスケ。去年卒業した先輩のマートンが就職先のオハイオから戻ってきており、近況を報告し合いながら一緒にワンゲーム。

その後は学部内をシブく徘徊しながら情報収集。今年度の博士課程の合格予定者の数や、入試委員会を構成する教授の名の聞き出しに成功する。今年は国際関係学を専攻する予定の受験者にはいい年になるだろう(ニヤリ)。

その後は博士論文を進め、来週の授業の準備。午後7時過ぎ、後輩のジュリアと我が学部が主催する一年生の歓迎パーティに参加。ペンの大学院生センターを借り切って30人ほどの参加者で乾杯。いつも通り楽しい時間になった。
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