Politologue Sans Frontieres 「国境なき政治学者」

ペンシルベニア大学政治学部博士課程を卒業し、アメリカ空軍戦争大学で教鞭を取った後、アメリカ中西部のセントルイス大学の政治学部で教えています。国際関係学、安全保障、東アジアの政治学を担当しています。ここ数年は日本の軍事力と文明間の紛争の研究を進めています。 このブログでの意見と表現はあくまで著者個人のものであり、必ずしも関係機関の政策を反映するものではございません。

2010年01月

バニラ・アイスw

水曜昼、今年初の学部の生徒会が開かれた。いつも通りの正午に開かれる会議なのだが、今回しみじみ思ったのが、月日が経つにつれて生徒会も変遷を遂げてきたっていうこと。

私が入学したてのころは、会議は厳密なルールに沿って進行していた。当時はプログラム自体が小さかったため、参加者数も10人ほどと少なかった。生徒会長が2人、アジェンダを完全に仕切り、発言には挙手が必ず求められ、言葉遣いも皆丁寧だった。

そんな生徒会もここ数年で大きく変わった。今は毎回20人ほどの院生が集まり、議事はリラックス・モードで進められ、挙手の必要もなく、ある意味おしゃべりの延長である。

生徒会長の権威が弱まったのは、私がやってた時くらいからかね。

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vanilla-ice1日本とアメリカのユーモアには大きな違いが幾つかある。

その中の一つを挙げると、日本のダウンタウンの松っちゃんらが得意とする、「類似」を元にするジョーク。こないだも東京で飲んでいたとき、その店のウェイターがやたら竹之内豊に似ていたので、それを指摘しながら彼に絡んで楽しんでいた。

その種のギャグは日本では爆発的に受けるが、一般的にアメリカでは通用しない。

生徒会の最中、後輩のムラドが髪の毛を切って参加していた。その新しい髪形、ムラド本人にはメッチャ似合っていたのだが、同時に歌手のバニラ・アイス(写真右)に似ていたので、「おめー、バニラ・アイスやん!」って、会議の真っ最中に言ったったらみんな爆笑していた。調子に乗って、あの名曲 Ice Ice Baby のサビの部分をハモってみると、みんな大爆笑。

Vanilla Ice - Ice Ice Baby
http://www.youtube.com/watch?v=rog8ou-ZepE

珍しい事も起きるもんだね。

笑顔の源w

79867298Bこないだ可愛い可愛い姪と遊んでいて、

「ラーメン つけ麺 俺イケメン」

って言いながら笑ってあげたら、メッチャ喜んでいた。その笑顔にたくさんのエネルギーをもらったのりっぺです。

注:本文と写真は関係ございませんw。

大学のアルバム

久しぶりに大学に戻ってきた。金曜日は朝から雪。

大学のメイン通り。地下鉄を降り、ここを通れば学部に着く。
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大学の学部長の建物。前の銅像は初代学長のベン・フランクリン。
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フィリー名物の Love。これはうちの大学バージョン。
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学部のビルにて。ここは大学院生用のラウンジ。毎月院生会議がここで開かれるほか、毎日生徒で溢れる楽しい場所。
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大切なこと

木曜、朝早く起きて朝食を取り、電車で一路故郷の越谷へ。墓参りを済ませ、自分が卒業した小学校の周りを一人で歩く。ここに来ると楽しい思い出が回想され、楽しかった記憶が甦り、安心する。先日書いたとおり、私がどこにいようが、ここが私の故郷なのである。

昼食は錦糸町で友人と好物のハンバーグ。忙しいスケジュールの中、時間を作ってくれて嬉しかったし、予め色々調べてくれた。話の内容は少し悲しい部分もあったが後半は楽しい会話ができて楽しかったし、料理も美味しかった。また、錦糸町であんな場所があったなんてもっと早く知っておくべきだった。

午後、銀行で用を済ませた後、自転車で浅草を回り、近くにある、ある事で有名な神社に寄った。自分ひとりの力ではあまりにも弱すぎる、大切な事をお願いしたかった。現実の辛さと、自分の努力の限界を悟り、そこで生まれて初めて、神様に祈った。この祈りは届かないかも知れない。あとでまた悲しくなるのかもしれない。ただ何が起きようが、今後の私の運命、全てをしっかりと、正直に受け止めたいとは思う。

そして最後になるが、もう一つ考えていた、とても大切なこと。私は今まで、自分の留学の決意を後悔したことは一度もなかった。高校を卒業してから、自分の幸せを掴むために、今までずっとずっと頑張って努力してきた。ただここ数日の間に痛感したことは、幸せを掴むためにしてきた今までの努力が実はその幸せを遠ざけてしまっていたかも知れない事。今まで自分が正しいと思い、苦悩も経験しそれにも負けずに耐え続けていた事が実は、自分の人生の大切な部分で、思ってもいなかった形で破壊的な効果があったのかもしれない。自分が今まで幸せの源だと信じていたことに、まさか不幸を呼び起こす力があったなんて、あまりに皮肉で、あまりに非合理で、あまりに悲しい。

ここの読者の方々はご存知の通り、このブログの主旨は努力を続ける限り夢に必ず近づけると、不可能と思われることさえも可能にできる、肯定的で、野心的で、そして楽観的なものだった。私は今でも、そして今後もその可能性を信じ、努力を続けたい。今は受け入れるのが難しい、大変な事実でさえも、近いうちにできる限り、将来の自分の楽しみ、そして幸せの基礎に変えていきたいと思う。

良き人々との再会数々

日曜日は午後4時ごろから、ここ数年の間お世話になっている新聞記者の方のお誘いを受け、浅草へ。2年以上お会いしていなかった方なので楽しみにしていた。前回ご一緒された経済学者の方とも再会し、3人で有名な駒形どぜうに赴き、慣れない畳に座って格闘しながら、数時間の間ドジョウと鯨を堪能。その後は3人で浅草を歩き回り、小さな屋外居酒屋で乾杯。3軒目は浅草寺近くのうなぎやにて乾杯。午後10時ごろ帰宅。

月曜、午前中は散髪、正午から友人と表参道で落ち合い昼食。久しぶりに会えて楽しい時間を過ごせた。また、表参道のあの華やかさに驚きながら、シッブイ雰囲気出しながらも実はミーハー丸出しで表参道ヒルズなどを一人で探索。その後は近くのスタバで数時間仕事。抹茶のフラプチーノを初めて飲んだが予想以上にいけた。

午後5時、丸の内に赴き、コロンビア大学院時代の同窓会。前からの友人数名がイタリアンのパリアッチョに集結。卒業して早7年、参加者全員の近況から始まり個々の価値観の話など、今までとはさらに奥深い、楽しい会話が数時間続いた。大切な時間を過ごすことができて、そしてそんな時間を共有できる友人がいて、本当に嬉しく思う。終電に間に合い、帰宅は午前1時過ぎ。
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