Politologue Sans Frontieres 「国境なき政治学者」

ペンシルベニア大学政治学部博士課程を卒業し、アメリカ空軍戦争大学で教鞭を取った後、アメリカ中西部のセントルイス大学の政治学部で教えています。国際関係学、安全保障、東アジアの政治学を担当しています。ここ数年は日本の軍事力と文明間の紛争の研究を進めています。 このブログでの意見と表現はあくまで著者個人のものであり、必ずしも関係機関の政策を反映するものではございません。

2010年04月

ABDから卒業へ(3/3)

前の投稿に補足。

「先輩のアドバイス」

受験の準備をする際にはできる限り、現役の博士候補にメール等でアドバイスを伺い、相談し、戦略を求める事が大切だと思う。私も受験の際、数人の教授や先輩方に執筆中のエッセーを読んで頂いた。教授や現役生には口コミや直接の経験などを通して得た、受験に関する知識が多くあり、大学の入試状況、学部の状況、入試で準備しておく事、院生生活の現実などの側面に詳しく、それらを一般的に共有してくれる。従って受験を考える際は先輩方のウェブやブログを読み、予め研究した後に行儀よく連絡をするべきだと思う。ただし、この件は他の現役生が賛同するとは限らないなので、将来を受験を考えている方で近い方がいない場合は、お気軽に私に連絡下さい(yaponorry@hotmail.com)。可能な限りアドバイスします。

そしてここからは最後の「ABDになってから」。

「指導教授とのコミュニケーション」

この課程で大切な事は非常に多いが、私が一つ挙げるのなら、博士論文委員会の委員長である指導教官とできるだけ近くなり、小さなことでもこまめにその人に連絡し相談する習慣を作る事だと思う。指導教官には「文字通り」のアドバイザーになってもらう。その人とはできる限り信頼関係を強め、博士論文に関するあらゆる事実を知らせ、どんな事があっても後ほど「そんな事は知らなかった」との状況を避けるべきである。指導教授のサポートは卒業のために最も重要な要素の一つで、指導教授の合意がなければ、どんなに成績が良かろうが、どんなに優れた研究をしようが、博士論文がいかに優れていようが「ディフェンス」はできない。ディフェンスの後、指導教授のサインがなければ、仮に博士論文が終わっていようが卒業はできない。逆に教授のサポートがあれば、執筆の段階で様々な機会が与えられる確率が高まる。

「論文を終わらせる決意」

博士論文の質は重要である。質に劣る研究は執筆の段階で様々な形で教授陣からのダメ出しを受け、卒業を困難にする。ただそれよりも重要な要素があるのなら、それはなんとしてでも論文を終わらせようとする決意、そしてそれを教授陣にしっかりと証明し続ける事であろう。必ず卒業するんだという強い意志を持ち、そのために必死の努力を続け、それを常に論文委員会のメンバーに伝え続けるという事である。我々の仕事を評価する教授陣も機械ではなく人間である。もちろん博士論文は自分の最高の力を出し、これ以上の努力の余地のない状態で終わらせるべきだが、仮に研究の質が理想とは離れていても、どんな教授でも一般的に、人情や同情や理解などという、研究以外の暖かい人間的な面を持ち合わせている。この「決意」に関する点は非常に単純で基本的な事なのだが、基本的であればある程、重要である。

「定期的な連絡網の形成」

卒業のためには同時に、指導教官以外の博士論文委員会のメンバーもサイン・オフをしなくてはならないため、彼らとの関係も重要である。私の経験で重要だと思ったのが、そしてメンバーの一人が気に入っていたのが、私がこまめにしていたある一つの事である。それは委員会のメンバー全員に対して、少なくとも月に一度は一斉メールをし、その間に起きた研究の進歩を細かく連絡していた事。その種のメールは特に読み手からの返事を求めるものではないため、必ずしも毎回反応があるわけではない。ただ教授は実はそれをしっかり読んでいて、生徒の評価の一部に取り入れる。定期的な連絡網の形成はいくつか肯定的な効果があり、例えば(1)自分の存在を毎回ソフトに思い出させる、(2)研究に関する最新情報を与えることによって推薦状を書かせやすくする、(3)自分に義務化する事で研究と執筆を促進する、などがある。

「論文以外の仕事の誘惑」

博士論文執筆の期間は、外部の研究やセミナー、学会論文や出版の機会など、博士論文以外の仕事などの誘惑が増える時期である。私もスワモスやランドでの研究など素晴らしい経験ができたが、それらはあくまで例外的なものである。基本的には博士論文の研究と執筆のみに専念し、無関係な外部の誘惑をしっかり拒絶する勇気を持ち合わすべきである。また、外部の機会を受け入れる際は必ず指導教官に状況を詳しく話し、なぜその機会が自分の研究のために必要か納得させ、その教授の同意をもらった後にする。受け入れても構わない外部の機会で含まれるのは、(1)博士論文の研究を発表しフィードバックを得る学会、(2)論文の研究を促進する、外部の大学が主催する時期的なトレーニングやセミナーへの参加、(3)就職活動を促すための、博士論文から派生した論文の出版などがある。もちろん毎年開催されるアメリカ政治学会などの機会には発表者としてできるだけ早い時期から、積極的に参加して外部のネットワークを形成する。

「就職活動と博士論文」

私の経験は限られているが、最後のアドバイスは就職活動について。一般的な理解では、この時点で重要なのは必ずしも論文を終わらせる事ではなく、論文がその年に終わるだろうと委員会を充分納得させ就職活動の後押しをしてもらい、実際に仕事に当て付く事である。なぜなら就職さえできればほぼ自動的にディフェンスの日程は決まるし、逆に仕事がない場合は留年を余儀なくされる(場合がある)。仕事がない場合、留年をする事により大学に席を残し、図書館(つまり研究資料)へのアクセスを維持し、博士号はあろうが仕事がないという「最悪」の事態から逃れることができる。この理由により、もう長い間論文を書いているが未だに卒業しない博士候補は多い。

この点に関して私は逆の立場を取る。つまり、我々がするべき事は就職状況構わずに論文を終わらせ、卒業に向けて努力を続けるべきである。確かに仕事がない場合の卒業は想像するだけでも恐ろしい。ただ、同時に多くの事も起こり得る。まず、教授陣が大学機構に働きかけ、何らかの形のポストを用意する可能性。第二に、ポスドクに合格する可能性。第三に、博士号を授与するという名誉に注目し、就職は先延ばしにして現時点での卒業に幸福感を感じ、来年に望みをつなぐ可能性(博士課程の苦労を真剣に考慮すれば否定できない考え方)。そして第四に、就職と論文の進歩の程度には相関関係がある事。いくつかの大学は、その生徒の卒業が確実である事を前提(既にディフェンスの日程が決まっている事)にコンタクトをする。つまり、生徒としては、競争厳しいジョブ・マーケットで、その年に確実に卒業する、そして教授陣もそれを認めていると宣言し、もう後戻りはできない状況を作ることにより、卒業の保証を就職先にシグナルする。そうする事により相手を安心させ、生徒をより肯定的に考える事ができる。

もちろん、日本人を含む多くの留学生にとっては、この方法は大きなギャンブルである。つまり、卒業するに当たって現行の移民ステータス(F1)の変化を強要されるため、就職先からの新しいスポンサーシップがない限り、一定期間の経過の後、不法滞在してしまう可能性がある。OPTにより最長1年は保証されるが、その場合は就職先が決まるまでの日本への一時帰国はそれが永久的になってしまう危険性もはらみ、留学生に取っては魅力に欠ける選択肢である。最終的にはこの点についてはその生徒の判断の問題である。ただ逆に、長々と卒業を延ばし続ける事により派生する幾つかの危険も考慮するべきである。留年をしている間、指導教授の注目は他の生徒(後輩含む)に流れ、留年中の生徒の重要性は比較的低下し、人間関係や経済的な側面にも影響を与える。特に出版もないまま、そして特に外部からの奨学金もないまま卒業を先送りにする事によりマーケットには否定的なシグナルを送る事にもなる。一方で一定の危険を冒してでも早く博士号を取ることにより、より多くの研究機会が与えられるし、OPTの1年の間にも仕事の話が回ってくる。異論はあるし状況にも寄るだろうが、私は一般的に後者の立場を取る。

もう少し

あと4・5回はこのブログを続けます。まだ書き残さなければならないことが幾つかあるので。

最近は授業も終わり、博士論文も印刷して必要な印を全て集め、正式に博士号が認められ、もう後は卒業式に出るだけになった。7年過ごしたこのキャンパスを去るなんて、感慨深い。だからここ数日大学にいる時は、たまに一人でゆっくりキャンパスを歩いて、色んな思い出の場所で楽しい日々を回想している。

そしてようやく、自由な時間を取り戻す事ができた。

大学の外では、フィリーのセンターシティでリラックスしたり、ニューヨークで本や食べ物を買ったり、キング・オブ・プロシアでしっぶいレイバーンのグラサン(次の職場での必需品)を買ったり。残りの時間を使って美術館巡りやアトランティック・シティのビーチやホテルで気分転換したりしたい。

研究の面では、卒業が確定し少し安心したため、短期間に渡って研究に力が入らなくなる現象に陥ってしまった。ただここ数日でようやく取り戻し、マラヤ危機の論文をやり直し始めたし、来年の国際関係学会の発表のネタを考え始めたし、テロの図書の書評も少しずつだがやり始めようと思う。同時にこれからは東南アジアの安全保障のタスクが与えられるため、空いてる時間を使って少しずつ地域学の図書を集めて文献調査を始めた。フィリピンのモロやらアブサヤフからインドネシアのJIからタイ南部の反乱軍やら、注目すべき問題は多い。

アメリカ政治学部での生活

あなたは過激な入試競争を見事に突破し博士課程への入学を果たした。おめでとうございます。以下は入学してから博士論文を始めるまでに留意すべき点を幾つか。

「一般的な大学院生活」

博士課程の生活は過酷なもので、時間、人間関係、資金面での犠牲を長期間に渡って強いられることになる。私のコンプスに起きた様に、時には想像以上の事件も起き、その対処に特別な時間と努力がかかる事がある。それらの危険性を全てを受け入れ、博士課程を全うしようとの強い意志と実行力、そしてそれを可能にする健康な体を持つ。

学部内での競争は激しく、我々のためにも激しくあるべきでもある。学部によって違いはあるが、私の学部は一般的に、博士候補への財政資源はできるだけ平等に分配されており、内部競争を軽減する効果を作っていた。ただそれでも余分の財政資源、授業の成績、教授陣からの注目、研究助手などの仕事(RA)の有無などの面での待遇に関しての競争がある。同時にここは政治学の世界、理想とはほど遠い、汚い手法で同僚を陥れる作戦を見る機会もあった。時には不平等や理に適わない事が自分の身に起きても、ある程度は汚い世界から距離を置き自分の仕事に集中する事も必要である。

「授業の重要性」

授業は真剣に受け、成績も一定のを収める。この過程を通して徐々に同僚との関係が構築され、様々な面でお互いの長所や短所を理解することになる。同時に、授業でのパフォーマンスによりその人間の将来性も比較されながら見極められ始める、大切な時期である。成績によっては退学を勧められる場合もある。ただ、授業の過程は最も重要な課程ではなく、所詮は独立した研究者になるための準備期間に過ぎない。卒業して満足の行く就職をするにはクラスで一番になる必要はなく、逆に最も成績の良い生徒が最も早く、素晴らしい博士論文で卒業するとも限らない。悪い成績を一度取っても心配する必要は特にない。成績の良さと博士課程授与や就職成功には単純な相関関係しか存在しない。

「授業の他に」

授業で使う論文は単に成績のためではなく、その生徒のキャリアを形成する大切な仕事の一つである。可能な限り、それらをできるだけ多くジャーナルに寄稿して履歴書のビーフアップに努めるべきだと思う。この場合は結果が重要だが、その過程も重要である。仮に私のように立派な研究履歴がなくても、研究の努力を教授陣にアピールし続ける事で、独立した研究者になるための評価が広がる。これはもちろん、その人間の将来の目的によって左右されるが、仮に日本に戻ると決めている場合や、研究とは対照的に教育に焦点を置くLAC (Liberal Arts Colleges)での就職を目指す場合でもある程度重要なものである。

「学部内の競争よりも学部外のネットワーク」

どこの世界でも同僚というのは助け合う大切な存在だが、この場合は同時に競争相手でもある。学部内の競争は成功するために必要な要素の一つだが、その競争関係はできる限り友好的に維持するべきである。博士候補にとって近い将来本当に大切なことは、学部内で争いを繰り広げる事ではなく、学部内の友人関係や情報を駆使して学部外での競争力を高め、結果として自分の満足の行く就職にありつくことである。言い換えれば、本当のライバルは内部ではなく外部にいる。事実、内部の同僚は使える情報を回してくれるし、将来何らかの形で助け合う機会がある。学部内の競争に注意を取られるのではなく、彼らの協力を経て学部外の競争に勝つための準備の期間だと理解するべきである。

「学部社会に溶け込む重要性」

博士論文は個人的な集中が大切であるため意外に思えるかもしれないが、学部に溶け込む事は非常に重要である。教授陣は生徒の人間関係に基本的に無口ながらも実は注意を払い、その生徒の振舞いなどや文化対応力を見ながらその人間の将来性を評価する。学部内は博士課程とも言えど将来の教授間の関係性を現時点で表すものである。また、学部内に溶け込む事でその人間の情報量が増える。口コミやメールを通して学部内外の奨学金や学会などの貴重な情報が入り込み、学部外の人間関係を強く左右する。できるだけ多くの友人を作ったり学部の生徒会に参加したりして溶け込む努力をするべきである。

そもそも日本人を含むアジア人生徒の大半はアメリカの博士課程の主流社会から一般的に距離を置き、アジア人同士の民族グループを形成して固まる傾向が極めて強い。悲しい現実なのだが、これは我々の先輩世代が我々に託した負の遺産の一つである。従って我々に対する期待感は最初から低いのだが、その期待を肯定的に裏切る事によってアジア外でも勝負のできる人間だとの見方を建築する事ができるし、そうすべきだと思う。

「博士論文委員長の選び方」

もしも比較的大きな学部に入学し、自分の博士論文委員会の委員長を選択する事ができるのならば、考慮すべき要素は幾つもある。その教授の有名さ、ネットワークの良さ、その人との歴史、自分の研究内容とのフィットなど、大切な問題があり、それら全てを取り込み決定する。ただ博士論文を執筆する過程においてその中で最も大切な事を挙げるならば、その教授との個人的な相性と responsiveness だと思う。後者を言い換えればその教授がいかに早く、責任を持って草稿を読み、コメントを与え、しっかりした推薦状を書いてくれるかである。博士論文を書く段階では内外の奨学金に応募する場合、その教授の推薦状の内容が大切であり、その段階の前にもその教授からしっかりとしたフィードバックを得ている必要がある。

続く。

アメリカ政治学博士課程の受験の仕方

ブログの更新を止める前に、一つやり残していた事があった。近い将来の日本人のために、アメリカ政治学の博士課程に関して提案できることを幾つか書こうと思う。私を含むアマチュアが好むとされる、受験に関する「戦略」の話である。もちろんその気になれば本を一冊書けるだろうが、私にはその種の金儲けと時間の浪費に興味はないため、思うままにここにできるだけ多くの案を書き残そうと思う。ただ、この件に関しては賛否両論あるし、私個人の経験に基づくもので一般化できない。つまりこれらを満たしていても失敗する場合はあるだろうし、別のルートで成功を収めることも可能だと思う。ただそれでも、使える見方は幾つかあるだろう。

以下、(1)受験時、(2)入学後、そして(3)ABDの期間に分けて書こうと思う。

受験時。

「今、何ができるか」

アメリカの政治学の博士課程を考えている方々、今できる事は多い。GREなどの試験勉強や家族や指導教官への説得、将来の計画建設に大学プログラムの比較など、いくつもある。ただその中でも私が薦めたいのは、入学したい大学の教授に予め連絡を取り、個人的に会いに行き、入学への情熱、研究への情熱、そして将来への情熱を直接、目を見て伝える事である。同時に、その年度に学部の「入試委員会」を構成する教授陣が誰なのか情報を集め、できるだけその教授の興味を引きそうな研究内容を考え、それをコンタクトの際に直接伝え、その旨を受験用紙(statement)で説明する。教授から見れば単なる受験用紙でのみ存在する人間よりも、個人的に挨拶に訪れ楽しい会話をする人間の方が親近感が沸き、合格させたくなる。そしてそのアポイントメントの件を受験の際に明記し、それがいかに自分にとって重要だったか、やはりこのプログラムで間違いなかった、このプログラムを卒業すれば素晴らしい人生のテイクオフができる等の点を強調し、自分がいかにそのプログラムにフィットしているかを説明する。多くの人間はこれをしないが、している生徒もいる。そして私もそれが部分的に合格につながった。

「受験では何が重要か」

学部時代の成績は非常に重要である。他の要素、例えば就職などの経験、話せる外国語、GREなどの基本的に足切り用の試験の結果、そしては推薦状を書く人の名前やその内容よりも、学部時代の成績が重要だと思う。受験を考える際にもしも自分の学部時代の成績に満足行かない場合は、その後の修士課程での成績である程度カバーできるが、博士課程プログラムから見ればやはり学部時代から輝く生徒の方に注目してしまう。一方で、受験用紙に書く、希望する研究内容や将来の進路に関しては、できるだけ明確に、細かく、そして情熱を持って書くべきだが、入試委員会の教授陣はその予定が変化する事を前提としているため、心配するほど重要ではない。最も重要なのは過去の成績だと思うし、正直私はそうあるべきだとも思う。

「修士号は必要か」

残念ながら日本人はアメリカの政治学会ではかなりのマイノリティである(国際安保の分野では更にそうである)。他のアジア人と比べても成功している日本人は圧倒的に少ない。事実、私の学部を卒業する最初の日本人は私である。その背景にある事実の一つとして、日本人を含むマイノリティ留学生の受験に対しては、その当人の英語力や文化対応力、将来の方向性の不一致を含む、一般的に疑問に思える問題が多く存在することがある。従ってその博士課程プログラムに入っても成功できるという約束を強く証明する必要が、他の受験生よりも多くなる。聞いた話によると、博士課程に合格する留学生の多くは既に修士号を持っているし、私を含めて、実際その類がほとんどなのかもしれない。ただもちろん、修士号はあればいいだろうが、別に必要ではないし、それだけで十分であるとも言えない。

「大学の選び方」

進学するプログラムの選び方には幾つかある。もちろん一緒に研究をしたい教授がいる大学やそのネームバリュー、財政状況、卒業状況、就職状況など全て考慮する必要がある。その多くの要素の中で私が強調したいのが、公立ではなく、私立の大学に焦点を置いて選ぶべきだという事。日本と違い、幾つかの大手の公立大学を除いて一般的な注目を浴びるのは(従ってネームバリューと財政力のあるのは)圧倒的に私立の大学である。財政援助にも違いが少なかれ存在する。私立大学プログラムへの合格率は一般的に低いかも知れないが、入学時に約束される奨学金と、入学後の財政援助に関しては公立と比べてある程度の差が生じる。財政状況は学生のライバル関係や生徒の心理やストレス状況にも影響を及ぼすため、入学してから卒業するまでの5―7年間の人間関係や個人の研究環境を強く左右する。また幾つかの公立大学の場合、受験で合格はしても奨学金が約束されない場合があり、実質上の不合格になってしまう可能性が高い。

「受験浪人について」

今まで何人かの方々からの相談を受け、受験浪人を選ばれた人に何度も遭遇した。つまり、博士課程に合格はしたが、より良い学部に受かりたいため辞退したり、とりあえず合格した別の修士課程にひとまず入り、数年後博士課程を受験し直すという手段である。意見は分かれるであろうし、状況によるだろうが、一般的に私は賛成しない。不満を残しながらも入学した博士課程からは意外に思えるほどの厚遇を受ける場合があると後ほど判明する場合があるのと同時に、その1年目にできる事は非常に多く、そして浪人を選んだ人間はその機会を逃している。もちろんタイミングの問題もある。修士課程の1年生が博士課程受験に失敗して「浪人」して2年に進級するのは理解できるが、2年生が「浪人」するのは意味が違う。浪人することによって使う年数の重みは後ほどまでわかる事はないだろうが、現時点でそれを強いる必要もないと思う。そしてこの場合最も重要な事だが、再受験する場合、競争率があまりにも高いため、それが必ずしも良い結果を導くという保証もない。

続く。

最近

ここ最近、ブログの更新ができていません。実は次のエントリーで最後にしようと思っているのですが、果たしてそれが本当に最善なのか、そしてその場合はどう〆るべきか悩んでいます。毎日ブログを見てくださっている方、本当にすみません。

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