Politologue Sans Frontieres 「国境なき政治学者」

ペンシルベニア大学政治学部博士課程を卒業し、アメリカ空軍戦争大学で教鞭を取った後、アメリカ中西部のセントルイス大学の政治学部で教えています。国際関係学、安全保障、東アジアの政治学を担当しています。ここ数年は日本の軍事力と文明間の紛争の研究を進めています。 このブログでの意見と表現はあくまで著者個人のものであり、必ずしも関係機関の政策を反映するものではございません。

2015年10月

立花書房の「治安フォーラム」での連載

来年の1月より、立花書房の「治安フォーラム」で連載を始めます。アメリカから見る日本の防衛問題や政策について書く予定です。日本の論壇に貢献できる素晴らしい機会を頂いて嬉しく思います。

JBプレスの記事「アメリカで語られる大学改革の中身とは」

JBプレスにて拙稿が掲載されました。興味のある方はぜひどうぞ。

「アメリカで語られる大学改革の中身とは」
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44993

軍隊と民間大学を比べてみると

ミズーリ州に引っ越してきて3ヶ月近くが経ち、アラバマでの生活と比べるときがある。第一の目的であった、生活の質は明らかに向上した。他にもいくつかある。

まずは大学の同僚との関係。面白いことに、今の大学の同僚との会話はそのほとんどが学生と授業の方法、大学関係の事務に関するものである。教員はそれぞれお互いの研究内容が異なるため、研究や世界情勢や政治の話はほとんど出ない。これは空軍大学のときとは大きく異なる。空軍では同僚との会話がアメリカ政治や世界の軍事状況、あとは大学内の政治や人間関係だった。それは教員の研究内容が比較的重なる部分が大きいためだろう。それに比べると、今の環境は非常にサッパリしている。

また、前の職場と比べて今の職場は、月水金の週3の勤務であり、また、基本的に一日に1時間ほどしかない授業のために職場に来る。従って教員同士のコミュニケーションは人間同士の会話ではなく、メールで行う場合がほとんどである。同僚の中には火曜と木曜のみの勤務の人もいるため、毎週会うというわけではなく、月に一度の学部会議でしか顔を合わせることがない人もいる。

更に、今の大学のほうが透明度が高い。前回の軍隊では私のようにジュニアの教員に入ってこなかったような情報がこちらでは、その事項が決定される前に入ってきて意見を求められる。軍隊は階級制度が確立されており、情報管理がしっかりされている一方、透明度は低い。

もうひとつ、生活の上で大切だと思うことに、健康保険がある。私が空軍にいた際は Blue Cross Blue Shield を使っていた。今は大学が契約している別の会社なのだが、こちらのほうがサービスが良い上に大学の補助金も出ているため、コストも低いことがわかった。連邦政府のブルークロスもカバレッジは良いが、コストが高い。また、セントルイスのような、大学病院が多い都市型の環境は医療制度も整っており、便利である。

前にも書いたが、空軍を辞めることによって失うものがあると覚悟している。そのリスクを負いつつも、生活の意味では得るものもあったと思う。あともうひとつあるのであれば、それは気候。こちらは今夜の最低気温が1℃まで下がる。秋も深まってきた。明日はドライブがてらセントルイス中心地のフォレスト・パークに行ってこようと思っている。

セントルイスの紅葉シーズン

ここセントルイスでは紅葉のシーズンが始まった。今住んでいるところの周辺は緑が多くて助かる。今回は近所を少し散歩してみた。

IMG_1748

IMG_1747

IMG_1746

IMG_1744

IMG_1745

IMG_1743

イラク戦争の議論の中で…

今日は授業でネオコンの話を少しした。一年生の質問で、国際関係学の理論の中でネオコンはどの学派に属するのか、というものだった。

一般的な考え方は、リアリズムとリベラリズムのミックスだという見方が強いのだが、今回はそのネオコンが導いた2003年のイラク戦争はアメリカにとってどのような意味合いを持つのかという話に発展した。

もう10年以上前の戦争なので、生徒の中には当時まだ10歳にもなっていなかったものもいる。それでも分かっている生徒は分かっており、あの戦争がアメリカにとっては良くなかったという視点は理解している。ウォルフォウィッツ、パール、チェイニーなどの主要人物も知っている。

そんな中、勇気を持って異論を唱える生徒がいた。彼によると、イラク戦争は正しかったとのこと。無実の国民を虐殺していたフセイン政権を終わらせ、イラクに民主主義の種を植え付けたと主張した。周りに座っていた生徒は苦笑いをし、これからどんな反応が生まれるのかとワクワクした様子を見せている。

すると、別の一年生が挙手をし、彼に真っ向に対立する意見を述べた。自分の知っている知識を頑張って集めて、できるだけ説得力のあるような表現で自分の考えをぶつけている。それに対して最初の生徒も紳士的な対応をし、他の生徒も挙手をし議論に参加をし、しばらくして議論は収まった。

まだ一年生や二年生である彼らも新聞などを読んで勉強している。授業をする上では対立意見に基づく議論は良いもので、私にとっても授業がしやすくなる。それを pedagogical strategy of divide and conquer と呼ぶと、生徒たちは笑っていた。
月別アーカイブ