Politologue Sans Frontieres 「国境なき政治学者」

ペンシルベニア大学政治学部博士号取得→アメリカ空軍戦争大学勤務→現在はセントルイス大学の政治学部で教えています。政治学部准教授、国際関係学科主任、そしてアジア学科主任。国際関係学、安全保障、東アジアの政治学を担当しています。

2018年12月

ウラジオストクの北朝鮮レストランに行ってきた

外貨稼ぎを主目的の一つとする北朝鮮のレストラン運営は、アジア各地で見ることができる。このブログでも紹介したように、少し前にはミャンマーのヤンゴンのを訪れた

今回はウラジオストクの北朝鮮レストランに行ってきた。その名もコウリョウ。この街に幾つかある中の一つである。ここは北朝鮮との国境に比較的近く、北朝鮮の労働者のプレゼンスがあるため、北朝鮮料理への需要があるのである。また、このレストランは韓国系ロッテホテルの真後ろに位置するという地理的にも有利な条件を持ち、韓国からの客もくるはずである。私が食事をしている際は、ほぼひっきりなしに新しい客が入ってきていた。国籍などは分からないが、私のように一人で来る者もいたが、グループもいた。

レストラン内の壁に張ってある、朝鮮半島の民族衣装を着た女性。

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私が訪れたのは平日の午後6時ごろ。英語を話すロシア人のウェイトレスが二人と、北朝鮮人が二人フロアで仕事をしていた。北朝鮮人のウェイトレスはあまり英語を話さないが、目を見て普通に会話をすることができる。彼女らの前で携帯カメラを取り出すと、撮られるかも知れないと思うのだろう(そんなことするはずがない)、すぐに向こう側を向き離れていった。

レストランのこの部分は、客の多いときに演奏場所として使われるようだ。

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下の写真は、昼の時間に使われているという、バッフェの道具。

客はこの両サイドの壁に囲まれた半個室に入れられ、そこで食事をすることになる。客同士、お互いの顔を見れないようになっている。料理を注文するときなどウェイトレスが必要な際には、テーブルにボタンがあるので、それを押す。

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メニューは充実していた。私はこのラーメンと豚のソテーなどを頼んだ。ラーメンは400ルーブルで667円ほど。

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豚のソテーは750円ほど。我々の感覚では少し高めの料金設定である。

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10分ほどで運ばれてきた料理を口にすると、左下のラーメンは驚くほど美味しかった。日本のレベルでも十分通用するだろう。左上のは餃子で、これもいけた。ポン酢や醤油も必要ない。

写真上のビールは韓国製である。つまり、北朝鮮のレストランで韓国のビールを使っているのである。他には、中国のハルビン・ビールも置いてあった。それもオーダーしたが、当日は既に切れていたとのことである。

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トイレの写真で申し訳ないが、この北朝鮮レストランの男性トイレには、写真にあるようなサンタのシールが張ってあった。西洋の文化も多少なりとも受け入れられているのであろう。ちなみにこのレストランでは男性従業員は見なかった。

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子供の嵌め絵

今冬、妻が娘のために嵌め絵を作ってくれた。アンパンマンのキャラである。材料はネットからの印刷と1ドルのカードボードだが、数時間かけて作ってくれたので実質的な価値は相当高い。

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娘が持っていたのよりも格段レベルが上がったので時間がかかる。それを一日に何度もチャレンジしている娘が誇らしい。

ウラジオストク・食事編

ウラジオストクでは様々な食事を試した。今回滞在したロッテ・ホテルの朝食はバイキング。メニューは毎日多少変わる形だが、質量共に充実していた。

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ウラジオストクを訪れたことのある、中学時代の先輩が薦めて下さったレストラン、ポルト・フランコに来た。

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ここでは下の写真のボルシチに加え、チキン・キエフを楽しんだ。ボルシチは特に良かった。

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ウラジオストク駅近くに位置する Saciviグルジア料理で有名である。今回試したのはサケのホイル焼き。脂が乗ってて美味しかった。右のグラスはグルジア・ワイン。甘めで飲みやすい。

私が入った平日の夜には客が多かった。私以外では、3人の日本人男性のグループが盛り上がっていた。

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他にも、Lozhki-Ploshki (Ложки-плошки) でもロシアの伝統料理ピロシキを頂いた。前者と比べてここは一般庶民的な店で、値段も良心的である。

現地のスーパーを歩くと、キムチなどのアジア人が好む食品が多く並んでいる。事実、街中では韓国人と中国人をよく見かけた。その中の数名は、ロシア語を母国語のように流暢に話す者もいた。ロシア語のように戦略的に重要な言語を話す人間は祖国にとっては貴重な存在である。

一方で、日本人やアメリカ人、その他の観光客はほとんど見なかった。この辺でも日本は近隣諸国に遅れを取っているのかもしれない。

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カップヌードルなどの日本製品は売られている。

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おにぎりも売られている。表示されている文字はハングル語である。

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今年のクリスマス・ディナー

今年の我が家のクリスマス・ディナー。育児で忙しい中、準備や料理に精を出してくれた妻に感謝である。写真を撮り損ねたため、この写真のは夕食の内の一部である。

早速家族で楽しんだ。予想通りの美味しさ、私は幸せ者である。

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また、感謝祭に招待してくれたお隣りの家からは、うちの娘のクリスマスのプレゼントにフランス人形を頂いた。動物のぬいぐるみはいくつもある我が家だが、人形は初めて。早速開けてみると、突然の人形に驚き、未だにまだ慣れていない、可愛い娘。

ウラジオストク・社会編

早朝、ホテルの窓から街を眺めていると、午前7時には通勤の車で街中が一杯になる。まだ暗い。12月のウラジオストクは日が昇るのが8時を過ぎたころである。

滞在したホテルの部屋からの朝の眺め。

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現地調査に出かける。下の写真は街の中心部で、信号待ちをするロシア人たち。極寒の中を歩くため、しっかり防寒する必要がある。冬用コートに加え、マフラー、耳あて、股引を用意して正解だった。

ちなみに、前のビルの左のほうには、アメリカ企業のバーガーキングがある。写真右にあるマイクロバスは通勤バスである。この時間では乗客で一杯になり、彼らが吐く息で窓が曇る。

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市内中心部を歩く。

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12月上旬、海はまだ凍っていない。

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右側の建物がウラジオストク駅。この写真を撮った角度の場所には郵便局があり、その上の階には小さな土産物の店があり、商品が充実している。

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ウラジオストク駅の前にはリェニンの像がある。ベトナムには沢山あった。

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市内の別の場所を歩くと、社会主義のシンボルが目に入る。

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丘を登ること15分、ウラジオストクの観光名所の一つ、鷹の巣展望台に到着する。そこから見える景色は圧巻である。

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ロシア正教の教会は街中至る所にある。ウラジオストクにはイスラム教徒のためのモスクもある。

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ニコライ2世の凱旋門。ここも観光地の一つである。

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海岸沿いに位置する遊園地。早朝の時間のためか、冬季のためか、閉まっている。観覧車をよく見てみると…。

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簡素な造りになっている。故障や突風の可能性を考えれば、これに子供は乗せられない。

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市内のショッピングモールを歩いた。平日の昼間でも、客はあまり多くない。全ての階では黒服ガードマンがトランシーバーを片手に目を光らせている。モールの中では西洋のブランドの店は少なく、ほとんどが今まで聞いた事のない製品を売っている。

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モールの子供用エリア。ゲームセンターの入り口である。

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スーパーでは豚のマスコットをよく見かけた。お土産に2点ほど購入した。

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ちなみに今回購入したマトリョシュカ。

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