Politologue Sans Frontieres 「国境なき政治学者」

ペンシルベニア大学政治学部博士号取得→アメリカ空軍戦争大学勤務→現在はセントルイス大学の政治学部で教えています。政治学部准教授、国際関係学科主任、そしてアジア学科主任。国際関係学、安全保障、東アジアの政治学を担当しています。

2019年02月

セントルイス中心部の中華料理屋

先日、セントルイス中心部の中華料理屋を訪れた。昼食をたまに買いに来る場所である。毎回来るたびに人が列を作って並んでいる。人が多い時間などは10分以上待たされることもある。

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店内はいたってシンプルで、ここでオーダーして食事を受け取る。

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セス・ジョーンズ博士の講演@ワシントン大学

木曜日はお隣のワシントン大学に赴き、CSISで研究するセス・ジョーンズ博士の講演に参加した。彼の話の中で注目された部分はタリバンとの交渉で、それが現在と今後のアフガニスタンとパキスタンにどう影響し、トランプ政権によるアメリカの「撤退」が何を意味するのか、というものだった。私も最初の本でアフガニスタンの対テロ戦争に関して分析しているので、とても面白い話だった。

講演の模様。この写真では席が半数ほどしか埋まってないが、その理由は講演の終わりの時間にこの写真を撮ったからである。講演は最初から満員御礼だった。
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講演の後は主催者からの招待でジョーンズ博士らとの夕食会に参加した。場所はイタリアンの Acero。ワシントン大学の職員が好んで使う場所である。ジョーンズ博士は、私が10年以上前にランド研究所で夏休みの研究員をしていたときに時間が重なっている。その時の話も含めて盛り上がり、楽しい時間を過ごすことができた。

ボスニア料理@セントルイス

セントルイスは移民の街という側面を持つ。和食を含むアジア系の大きな食品店があるように、ベトナム人や中国人は多い。また、世界各地の食品を集めたグローバル・フードという店もあり、ロシアからインドまで多くの人が買い付けに来る。

ボスニア人が多いことでも知られる。今回はセントルイス市南部にある、ボスニア料理を出すカフェを訪れた。その名は Berix

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特に宗教色のないインテリアにはヨーロッパ南部とも感じられる絵が飾ってある。言葉とアクセントから察するに、この店の店員と、食事しにくる客の多くはボスニア人(アメリカ人ではなく、現地からの移民)や、バルカン半島出身者と感じられる。

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今回挑戦したのはハンバーグとポテトサラダ。ハンバーグは日本人の好みの味で、このポテトサラダと一緒に食べるととても美味しい。

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オックスフォード大学の戦争研究所にて講演します

static1.squarespace.comオックスフォード大学の戦争研究所から連絡があり、6月下旬に開かれる予定の学会で講演することになった。様々なパネルが用意されているが、私のパネルは初日であり、そこで話す内容はサイバー戦争である。

オックスフォードを最後に訪れたのは10年以上前になるだろうか、友人のマイクとウォルターと会い夕食会に参加したいい思い出がある。

セントルイスのサイバー関係ネットワークに参加してみた

先日、セントルイス中心部で開かれた、サイバー関係者の集会に参加してみた。その晩は授業があったため30分ほどしか顔を出せなかったが、数十人が集まっていた。その晩はトランプ大統領による一般教書演説の日だったので政治に関心が強い人は別の場所で生放送を観ていただろうが、この場所には政治よりも強い関心が集まっていた。

30分の間に私は4人の関係者と名刺交換した。それもそのはず、今回の目的はネットワークであったからである。先月より大学の国際関係学科の担当になり、学科拡大の目的のため、サイバー問題専門家との交流を含め、大学外のネットワーク作りを始めたのである。

開催場所は T-Rex というスタートアップの本部で、大学から車で10分ほど。セントルイスでは注目されている会社である。その場所で、イリノイ州にあるコンピューター関係の会社がその日だけオフィススペースの一部を借り出し、ソフトドリンクとピザを無料で出して地元の専門家のネットワークの場所を提供していた。見た目は、グーグルやFBなどの自由な空間を真似て作られたオフィススペースである。

夕食を済ませていた私は食事には手を出さず、初めて見る人たちの中に入り挨拶をした。アメリカは初めての人でも簡単に人の輪に入ることができるという、素晴らしい文化を持っている。相手の目を見て堂々としていればとても簡単に知人を作ることができる。

今回会ったのは地元のスタートアップ(日本で言うベンチャーなるもの)を経営している若手数学者から世界の大手企業でコンサルをする外国人まで様々なバックグラウンドを持つ人たちだった。

その人たちとはその後もメールで挨拶をし、今後の人間関係の構築を促進するようにしておいた。
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