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金曜午前10時過ぎ、ワシントンの空港出発。たまたま隣に乗り合わせたのは米空軍に勤務するリチャード・アンドレス博士。共に非通常戦争を専門にする同じ業界の人間として話が合った。

サンフランシスコ到着は現地時間の午後5時過ぎ。地下鉄で市内中心部に向かい、予約していたホテルに到着するや否や、最初に言われたことはそのホテルは先月倒産したとのこと(予め教えてくれよ…)。仕方ないので近くの安宿を探し当てそこに決め一安心していると、そこは何と街娼と乞食が共存する、市内でも有名なスラム街「テンダーロイン」のど真ん中。

のり、あんた専門戦争とかだから別にええやん(いやじゃ)。

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学会の会場であるヒルトン・ホテルに着いたのは6時過ぎ。ネットをする間もなく登録会場に赴くと会場は既に閉鎖。たまたま通りかかった博士課程の先輩のエドと再会ししばらく談笑。

7時半、スワモスの同窓会開催。参加者は私を含めて8人。国立防衛大のシェイン、テルアビブ大(イスラエル)のデガニ、ライデン大(オランダ)のセルジオ、コーネルのジェニファー、オックスフォードのジャン・マーク、ウォルター、そしてエリザベータ。会場近くのインド料理屋でワインガッツリ飲んで乗りに乗って大暴れ。

午後10時過ぎ、悪友のジャン・マークとタクシーに乗りテクノ系統のクラブ(ディスコ)へ。学会発表を翌朝に控えていたのにも関わらず夜3時まで踊り・飲み明かす。エキゾチックなコンパニオンを見つけて時間の無限さを楽しむ彼を見ながら、流石に少しずつ危機感を感じ始めた私、彼を置いて1時間かけて一人徒歩でホテルに戻り就寝。とは言ってもウォッカとレッドブルのカクテルを5杯飲んで踊りまくっていたため当然眠れず。

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土曜日午前7時、「起床」。朝食付きという理由でこのホテルに決めたのにも関わらず出てきたのはドーナツ2つ。なかなかおもろいやんこのホテルと思いながら支度し学会会場へ。

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9時過ぎ、自分の発表まで1時間弱。準備をしようとしていると、コロンビアで私のTAをしていた兄貴分で、現在は海軍大学校(ニューポート)で教鞭を取るスコットに再会。近況を説明して優しくアドバイスをもらう。準備不足で危機感を強く感じながら腰を下ろすと、今度は何とこのブログを読んで下さっている日本人の大学院生の方から声をかけて頂く。2年前フィリーでの学会で会ったきりで、しかも私の苗字でお声をかけて頂いた。この方は日本人留学生としては珍しく博士課程のレベルで日本政治以外の事に興味を持たれ、同士の絆を感じつつ共闘を願う。声をかけてくださってどうもありがとうございます。

10時半、自分のパネルが始まる。専門家を前にするプレゼンも慣れたもの、準備もほとんどせずに発表に挑み、ほぼ成功。質疑応答の時間では何一つ質問が来なかった。プレゼンが終わった後、同じパネリストであったメリーランド大での友人のマイクと、パネル・リーダーのセルジオ(上記)から良かったよと声をかけられると同時に「いつもと違う、真面目な面して話すノリが面白かった」とも。こんなに重要なイベントを前に準備をほとんどしなかったのは(上智の受験日以来であった)珍しい。

正午過ぎ、発表が無事終わり、セルジオと共にサンフランシスコの観光に出かける。フィリーのに似たトロリーに揺られる事20分、いわゆる「ベイエリア」ノ到着、好物エビフライを食べながら一歳年上のセルジオとたくさん話した。社会、家族、就職、そして恋愛。スワモスでは本当に人生の友人を数名得る事ができたが、セルジオはその中でも特別な存在。しかしこの時までには疲れが出始る。午後5時ごろ、学会会場に戻る。セルジオ、そしてシェインに別れを告げ、徒歩で中華街へ。

6時、世話になっている教授のルディの結婚パーティに参加。大学でお世話になる西野教授、4年前お会いさせて頂いた上智大教授の方にご挨拶。その他同窓、先輩に久しぶりに再会。8時半まで晩餐を楽しみタクシーに乗り空港へ。夜行の便に乗りワシントン到着は翌日朝9時過ぎ。密度の濃い週末だった。

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写真上:観光地として有名なアルカトラズ
写真下:フィッシャーマンズ・ワーフから見る市内中心部