ジョージ・ワシントン大学政治学部教授の David Shambaugh 氏の新著、China Goes Global を読んでいる。同感する部分が多く、彼のような専門家がそう主張してくれて嬉しく思う部分もある。

読んでいて、245ページ目が一つ気になった。世界における中国の文化的プレゼンスを分析している部分なのだが、中国はその言葉や文化を世界中に広めるため、大金をはたいて世界中の大学や研究機関に Confucious Institute という独自の研究所を開き、今日その数は350以上に上る。私の勤務地からそれほど遠くない、オーバーン大学モンゴメリー校(という、ほとんどの日本人が知らない大学)にでさえも、孔子研究所を設立している。ただこれは中国のみのプロジェクトではなく、他にもドイツのゲーテ研究所、フランスの Alliance Francaise、そして失礼な書き方になるが、経済事情が悪化しているスペインでさえも、Instituto Cervantes というスペイン語や分野を広めるための研究所を23カ国、38の場所で経営しているという。ここで日本関係の研究所は言及されなかった。これらの機関の日本版を考えてもみたが、思い当たらなかった。あったとしても、専門家の間では特に強い印象を残していないのではないか。

ここ数年は日本のソフトパワーの研究も進んでおり、いくつか重要な出版物も目にしている。ただその多くはアニメやら相撲やらODAやらツーリズムやら桜祭りやら、世界のパワーポリティックスに真剣に関与し影響を与えるようなやり方で実践されてきているとは思わない。逆にソフトの部分に頼りすぎて本来あるべきシェリングが言うような強制的な(coercive)エレメントが欠けている。

例を挙げると、ペンにいた数年前、ニューヨークの日本総領事の代表が来校し日本外交の講義を大講堂でした。日本の外交全般に関する大きな講義だと思っていたが、その話の内容の大部分は日本のスポーツについて。イチロー選手や当時の松井選手らを用いて日米の外交を強化するという、真剣な話を聞きにきた、多くのアメリカ人講義参加者を半分馬鹿にしたような内容で驚いた。

多くのアイデアを出し、いかに日本の外交やその魅力を世界に広めようとするのは理解できるが、スマートパワーの議論でも明らかな通り、ソフトのみでは世界レベルの外交に飲まれこむのは時間の問題だろう。また、そのソフトの部分でさえも、投資している分だけ効果があるかは疑問の残る点である。