先週、あるメールが届いた。空軍戦争大学での1年目に仲の良かった陸軍大佐からである。

彼はもう退役し、コントラクターとして米軍で勤務している。現役時の専門はミサイル防衛で、引退した今は監査をやっている。

近くフィリピンに出張ということで、私と当時一緒に行った出張を思い出し、久しぶりにメールしたいと思ったのだと言う。昔と変わらずメチャクチャな文法のメール(これはよくある事で、これでどうやって大佐に選ばれるのか昔は不思議に思っていた)だが、私にとっては嬉しい限りである。

元気にやっているようで、こちらも元気だと返事をした。

思えば、私が1年目に担当した佐官らはそのほとんどが大佐として退役し、今はもう別々の仕事に就いている。戦争大学を卒業して将官になる大佐は10%と厳しい世界である。そもそも米空軍の大佐のうち将官に昇進できるのは5%なのである。年齢で言えば、50代前半で次の仕事を探さなくてはならない。

一方で海外から戦争大学に派遣される大佐らは恵まれている。彼らの多くは母国ではエリート中のエリートであるため、そのほとんどが順調に昇進し、母国で重職に就いている。

しかし大佐で辞めている佐官もマックスウェル組には多い。私が担当した台湾、バングラデッシュ、ケニアなどの大佐は様々な理由で軍服を脱ぎ、民間で勤めている。ギリシャを含む、ここ数年のうちに大不況に陥った国家の軍人も給料が激減し、民間の給料よりも低くなっているため、退役の道を選んで新しい職業についている者もいる。

米軍を含め軍隊の上級佐官は凄まじい権力と資源を持ち合わせている。しかし長い目で見れば、彼らのキャリアは驚くほど短く、経済的にも真剣に考えなくてはならない仕事なのである。