Politologue Sans Frontieres 「国境なき政治学者」

セントルイス大学政治学部教授。国際関係学科主任。元米空軍教員。

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南部バージニア、学部の同僚の変化

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新居が決まったので、近所をもっと知ろうとオリエンテーションに出かけた。近くにある普通のスーパーに入って気付いた事は、周りの人々が話す英語の南部訛り。そう、ここバージニア州は立派な Old South と呼ばれる歴史的な南部地域の一部を成す。今までのペンシルベニアとは違い、政治的にも思想的にも赤い共和党の州なのである(参照:Red states and blue states)。早速数年前まで住んでいたサウスカロライナを思い出した。ここバージニアはSC同様、サザンホスピタリティと呼ばれるように、気候だけでなく人々の態度も温かい事で有名なのである(参照:Southern hospitality)。

地図:http://wwp.greenwichmeantime.com/images/usa/virginia.jpg

話は変わるが、私の同僚の中で小さな変化があった。私と同じ学年で専攻が同じの友人が、博士論文の執筆を中止し就職したという。その人間は学年で最も賢く成績も良く、私が博士課程の試験に一度失敗した時もやさしく手を差し伸べ助けてくれた人だった。最近は連絡を取っていなかったが、非常に論文に燃えている人間だったので、私にとってもある意味驚きである。やはり博士課程と成績の優秀さに直接的な因果関係はない。前にも書いたが、政治学部の博士課程終了率は、入学者の50%に過ぎない。博士課程に必要な時間と経済的な費用を考える場合過酷な職業である。そしてまた、人間も変わるものである。

アレクサンドリアにて

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自宅の写真。家具が揃っていて暖炉付き。日当たり良好。

今年のアメリカ政治学会@シカゴ、Vol.2

前回の続き。

金曜日:4時起床。発表を控えていたため、午前中はスライドの準備。11時半から、3月にオックスフォードで知り合ったウォルターと再会し、近況報告。

正午よりケイモスの年次会議に参加。議長のアイク・ウィルソン中佐の指揮のもと会議開始。議題は少なかったが、今後の運営の方針を参加者全員で確認。そして私はこれからのウェブサイトの係を担うことになった。これは今後私がアメリカ政治学会の軍事系研究員に今まで以上に近付く事を促進する役割で、プリンストン大助教授のジェイ・ライオールと共同で進める事になった。また、アイク、ジェイ、私の三人は研究分野も非常に近く今後ともよい関係を築けそうだ。

私の発表は2時開始。前日再会を果たしたスコット、ウォルター、そしてオハイオ州立大のトム、そして日本の防衛大の教授らが客席に座る前で(来るなと言ったのに)、15分ほど博士論文の最重要の部分を発表した。もう少し内容にキレがあってもよかったが成功には違いなく、ある程度の達成感を得た。

私のディスカッサントはジョージタウン大学のエデルスタイン教授で、批評的で名高い彼からマイルドな賞賛の感想を頂けたのは良かった。それよりも更に建設的なアドバイスを頂けたのも嬉しかった。

発表後、前日再会を果たしたコーネルのジェニファーと待ち合わせ、我がペンシルベニア大政治学部国際関係学科のレセプションに招待し、4時過ぎから参加。メキシコ料理の高価ビュッフェに感激、学部の同僚らとも数ヶ月ぶりの再会を果たす。

2時間ほどで御暇し、今度は逆にジェニファーに招待されコーネル大政治学部のレセプションに参加。似た研究をする博士候補生数名に紹介され楽しいひと時を過ごす。

少し外で休むと、今度は去年のスワモスで一緒だったシカゴ大のネギーンと再会、そのままシカゴ大のレセプションに招待され、そこでも新しく友人を作った。

学会とは結局はこのような社会的な交流が中心で、そこでこうした簡単な同窓会を開いて今度の展望を語り合うというフォーラムという役割が強い。

土曜日:午前中はぶらぶらして、午後から教授職の面接に参加した。そう書くと驚く方がいるだろうが、私の研究はまだ就職の段階に到達しているわけではない。今回は実はアメリカ全国の大学の5・6校から面接のお誘いが来ていたのだが、その中でも特にオハイオ州のある大学から熱望され、一度事情を説明して断ったのだがそれでもというので、そして私も個人的に将来的に有益かと思い、2時から個人面談に行ってきた。

現在の研究から教育観などの質問にすらすら答え、こちらからもいくつか質問すること30分、面接は非常にスムーズに進みかなり気に入って頂いたような感じがした。相手方からの視線が熱いのである。今年は特に考えていないが、いずれ何かの縁があればと思う。いずれにせよ今の時点で重要なのは博士論文を進める事なのだ。

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このブログの読者の中には今後の私の進路に興味のある方が多いと思う。ここで詳細に明記する必要はないため簡単に書くが、私は将来の就職先は世界中全ての場所を見て考えている。アメリカとヨーロッパもよく見ているが、もちろんアジア諸国や日本も考えている(興味の強さは一方的だろうが)。いずれにしても一番重要なのは、学問だけの発展ではなく、私自身の家庭とのバランスなので、今後時間を使って慎重に決めてゆくつもりだ。

今年のアメリカ政治学会@シカゴ、Vol.1

ここ数日日本語へのアクセスがなかったため、久しぶりに先週の学会発表の日記をアップロード。

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水曜日:シカゴに着いたのは水曜日。空港からホステルに直行しチェックインを済ませると、すぐに地下鉄にホップインしてシカゴの中心街へ。会場のハイヤット・ホテルに入り学会の登録を済ませる。それにしてもシカゴは大きい。フィリーよりも大きいとは思っていなかった。時差ボケで疲れていたので、7時頃帰途に着き夕食を軽く取って9時ごろ就寝。

木曜日:もちろん朝4時ごろ起床。ホステルのインターネットを使って事務を済ませ、9時ごろロビーに出ると去年の軍事ゼミ「スワモス」同期でコーネル大博士候補の友人ジェニファーに遭遇。小一時間ほどキャッチアップの会話を済ませ、学会へ向かう彼女をよそに私はミシガン湖に向かいビーチでリラックス。

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午後から学会へ赴き、いくつかパネルを見て歩き、それでもしっかり博士論文を進め、午後6時から4つのレセプションを梯子した。海外からの参加者のためのレセプションに出席すると防衛大の教授を久しぶりに再会しご挨拶を交わす。その後大学院生参加者のレセプションに出席し、わがペンシルベニア大政治学部の夕食会に参加。久しぶりにボスのエイブリーに会って近況報告。最近仲が特に良くなってきた。ペンの夕食会の途中に少し抜け出し、今度は私が参加しているアメリカ政治学会の軍事学系グループのケイモスのレセプションに参加。するとコロンビア大の授業で昔TAをしていて、現在はロードアイランド州の海軍大学校にて教鞭をとる先輩のスコットに遭遇。彼も私を良く覚えていてくれ、そしてベッツ教授にはお互い特に世話になっていたため、すぐに懐かしの会話が成立。更にはコロラド大政治学部博士候補で、これまた去年のスワモスで一緒で、今年からワシントンの国防大学で教えるシェインにも再会。盛り上がりも絶頂を迎えるも時間がなくなってきたので、ペンのレセプションに戻るため大急ぎで会場を後にした。その夜も当然時差ボケのため10時ごろ就寝。

金曜日:もちろん、今日も4時起床。発表を控えていたため、午前中はスライドの準備。11時半から、3月にオックスフォードで知り合ったウォルターと再会し、近況報告。正午よりケイモスの年次会議に参加。

続く。

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ワシントンの住処が決まる

どうやら最近のエントリーの内容から何人かを必要以上に心配させてしまったようなので、今回はより肯定的な内容のを一本。

金曜になり、ようやく住処が決まった。バージニア州アレクサンドリアの自然に囲まれた、ワシントン郊外のこれほどとない安全な場所の一室を借りた。苦労して探した甲斐もあり、部屋は大きく清潔。自然というと周囲は緑で囲まれ、近くには国立公園もあり、自転車を新しく購入して探索しようと思っている。大変だったが良い場所が見つかってよかった。

ここ最近は同僚のクアンの家に泊めさせて貰っていた。彼はこちらが驚くほどの親日の台湾人で、ワシントン郊外の部屋数が6?7個ほどの豪邸に住んでいる。奥さんと一緒に親日家で日本のドラマに精通していて、二泊したのだが夕食後はとにかく「白い巨塔」のDVDを数時間連続で観せられた。夕食は毎晩奥さんが日本食を作ってくれた。おかげで体調も整った。
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