Politologue Sans Frontieres 「国境なき政治学者」

セントルイス大学政治学部教授。国際関係学科主任。元米空軍教員。

経歴・学術論文等はこちら:https://researchmap.jp/katagirinoriyuki

ブルースカイはこちら @norikatagiri.bsky.social。

執筆、講演等の仕事の依頼は nori.katagiri@slu.edu までお願いします。

研究者の方々へ、Global Studies Quarterly (https://academic.oup.com/isagsq) への寄稿を是非ご考慮下さい。副編集長として編集作業に携わっております。お気軽にお問い合わせください。日本の多くの大学がそうであるように、JUSTICE (https://contents.nii.ac.jp/justice) 所属大学の方々はオープンアクセス出版料金が免除されます。

2020年01月

マックス・プランク研究所でのアルバム

去年11月に行われたドイツのマックス・プランク研究所の研究会の模様が掲載された。


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研究所に関するブログのエントリーはこちらから。



なお、今回の研究会で見たドイツの状況などは、治安フォーラムの3月号で出版予定。

オランダでの報告論文が完成

来月オランダで報告する論文が完成した。5000字と少し小さめのこの論文は日本の抑止力に関するもので、ここ数年の間に書き続けていたものだ。なので多くの労力をかけることなく終わらせることができた。

後は報告会で使うスライドを終わらせるのみ。

また、治安フォーラムの3月号に掲載する論文も完了。今回は今月上旬のイランのスレイマニ少将殺害の事件の軍事的な側面に焦点を置いた。

推薦状のリクエスト

この時期は大学院の入試からインターンシップ、そして編入学の応募の時期であるため、学生からの推薦状のリクエストが多い。今年はなぜか例年に比べても多く、この2-3ヶ月で20枚ほどの推薦状を書いた。

今は技術の進歩もあり、推薦状を書くのもコンピューター、推薦状を送るのもコンピューターである。なので一人の生徒に数時間かけるだけで、その作業のほとんどを終わらせることができる。

20枚ほどの推薦状、どれだけ奏功するのか今から楽しみだ。

ちなみに2年前に推薦状を書いていたこの生徒、先日連絡があり、今夏より国防総省ペンタゴンでの就職が決まった。優秀な生徒が素晴らしいポストをゲットして嬉しい。

スイス・イタリア出張のまとめ

先月行ったスイス・イタリア出張のまとめ。

スイス











スイス・イタリア間



イタリア




 

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新学期が始まった

今年も新学期が始まった。授業は週2で助かるが、在宅での仕事が多い。この時期は様々な生徒の推薦状の依頼やインターンシップの認可など事務系の作業が舞い込んでくる。

授業の準備は比較的少ない。去年のこの時期に教えたクラスと同じであるため、必要なスライドに新しい情報や分析を加え、課題の文献を読み直すのが主な作業である。

去年の後半に特に集中していたサイバー安保の著書はついに完成を迎えた。12月1日が提出日だったが、まとめの段階に時間を割く必要が生じたのに加え、スイス出張などが入り、最終的に約2ヶ月ほど遅れてしまった。しかし完成したのは嬉しい。これで少し肩の荷が下り、他のことに力を割くことができるだろう。

ミラノを訪れて

今回はチューリヒからミラノへの移動の日。
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4時間ほどの列車の旅は極めて快適だ。スイスの電車は時間通りに出発し、故障などの遅れもない。窓側の席に座ればスイスとイタリアの山間地帯の絶景が待っている。席の予約は必要で、当日券も残ってはいるが、グループで乗車の場合は遅くとも前日には予約したほうがよいと感じる。
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山間部の天気は不安定だったが、つい窓の外を見続けてしまう。
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ミラノには午後到着した。あいにくの雨だったが、ホテルからタクシーで市内中心部のデュオモとガレリアへ。プラダ本店などを見るが、観光客相手のセールススタイルはあまり好きではない。何も買わずに後にした。ただ、ガレリア内のクリスマスのデコレーションは素晴らしい。
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ガレリアの隣にはデュオモことミラノ大聖堂がある。夜になっていたのでこの時間は中に入らず、広場の雰囲気だけ楽しんだ。ここは翌日再訪した。
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これは別の日だが、深夜近く、デュオモ近くのカフェで気分転換した。少し寒い夜だったので、客のためにストーブを出していた。我々はミラノ風ドリアとビールで乾杯。
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ちなみにミラノを含むイタリア北部はスイス全体と比べて、物価が格段に低い。スイスでは普通のレストランで夕食を取ろうとすると一人3千円から4千円ほど必要になるが、イタリアでは千円で十分。

ただし、スイスの場合でも地元の人が行くスーパーが簡単に見つかる。残念ながら日本の旅行ガイドブックには書いていないが、Aldi や Lidl や Migros や Coop では我々一般人の視点での買い物ができるし、現地の人の多くがそうしている。

ミラノの話しに戻すが、少しデュオモの前を見てみた。そこにはしっかり環境問題改善の運動がされていた。There is no plan(et) B とある。上手な表現の仕方だ。
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翌日、ダ・ビンチの最後の晩餐を観るために、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会へ。我々はツアー客用のチケットを購入していたため、時間通りに拝観した。
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教会の中はツアーのガイドが案内してくれた。
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やはりメインは教会ではなく、最後の晩餐だ。ここに来るには予約が必要で、我々は数日前にネットで購入。この空間に入ると感動が湧き上がってくる。みんな息を呑む。
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その後は地下鉄でデュオモ駅まで。地下鉄は安全で乗客も多かった。ミラノ大聖堂を訪れた。大聖堂の横にある建物でチケットを購入。この写真は大聖堂前の広場。
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ミラノ大聖堂に入った。
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大きなステンドグラス。聖堂の奥にはこれが何枚もあり、多くの訪問者を魅了していた。
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ミラノ最終日はスフォルツェスコ城を訪れた。当日は少し肌寒かったが久しぶりの快晴で観光日和。
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この城は入城料がなく、自由に歩ける。内部の美術館は我々が訪れた日は休館日だった。
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よく保存された城壁。この無数の小さな黒い穴は、敵側の侵入を防ぐための狭間だと思う。仮にこれらの狭間に一人も置かなくても、狭間が無数にあるだけで相当の抑止力になると思う。
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城を囲む大きな堀。構造は日本の城と似ている部分がある。
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チューリヒ美術館を訪れて

チューリヒ美術館を訪れた。ここはチューリヒ中心部から路面電車で5分の場所に位置する。旧市街をからは上り坂になるが、歩ける距離にある。

入場料を入り中に入る。一階はあまり面白くない。しかし2階に上がるとクリスマスツリーがあり、ヨーロッパの傑作の数々が訪問者を迎える。
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我々が特に嬉しかったのが、ベネチアの絵画が数枚あったこと。数時間前までいた場所が、芸術の一部として展覧されているのは嬉しいし、何より親近感が沸く。
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3階に上ると、少し雰囲気が変わる。空間をより自由に使い、2階よりも落ち着いている。
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残念ながら私は美術には疎いが、新しい街に行くときには博物館や美術館を回るようにしている。その国やその街が誇るものを展示しているし、多くの国民にとっては宝であるからだ。そして訪問国の人と話すときも、いい感じの話題を提供してくれる。
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鏡開き

我が家の鏡開きの様子。餅は手作り。
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ジュネーブを訪れて

ロザンヌを超え、ジュネーブに入った。フランス語圏にあるこの街は英語も多少は通じる。ただ英語に関しては、ジュネーブよりもチューリヒやザンクトガレンでのほうが通じる。

この街に宿泊する観光客には電車や路面電車などの公共交通手段が全て無料になるカードが配られる。観光の重要性を配慮した賢い街である。ジュネーブ中央駅に着いた私は早速、路面電車に乗り、国連ジュネーブ事務局へ。
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再び路面電車に乗り、ジュネーブ旧市街へ。仕事とは言え、観光客になったような気分は否めない。小型で、便利で、可愛い街なのでウキウキしてしまうのである。
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名所、サン・ピエール大聖堂を訪れた。12世紀まで遡る歴史を持つ。
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その中に入ると、美しい身廊が訪問者を歓迎する。
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入り口から右手にはチャペルが別室になっている。ここも美しい空間だ。
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この大聖堂はその歴史だけでなく、そこから見渡せる景色でも知られる。5フランを払い、聖堂右翼部に位置する階段を上ると屋根裏に通じている。そこから見えるジュネーブの景色は圧巻である。この階段は結構険しく狭いのである程度の心構えが必要になるが、頑張る価値はあるのではないかと思う。
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大聖堂を後にし、旧市街の大通りに向かう道。ジュネーブは観光地で経済も盛んだが、この大聖堂近くのエリアは静かで、気分転換がしやすい。
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ロシア正教会を訪れた。写真撮影禁止の内部に入る。教会の人と挨拶を交わすと、ロシア語ではなくフランス語だ。しかし書かれている文字はロシア語だ。中は比較的狭い。着席し十数分滞在した。その間に数名の礼拝者が訪れていた。
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ロシア正教会から徒歩で3分。ジュネーブの美術史博物館を訪れた。
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博物館内にある兵器のコレクション。
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日が暮れてきた。ジュネーブ旧市街の夕方。この日は最低気温が10度ほどで寒くなかった。
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レマン湖。ジュネーブのシンボルの一つになっている大噴水が見られる。
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地中海からレマン湖に向かって流れるローヌ川には白鳥が多い。驚くほど人間慣れしており近づいても離れないが、逆にエサを求めてくることもない。
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旧市街を歩く。
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大聖堂裏にあるカフェで少し休憩。
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その後、駅前に戻り、このブログでも何度も登場している、友人のジャン・マークと数年ぶりの再会。イタリア料理屋、Le Scandale にて。お互い仕事があるため中々長時間は過ごせないが、その分密度の濃い話で盛り上がった。
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このピザはこの店で焼いてくれる。夜7時は満員だった。
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ロザンヌにて@スイス

チューリヒから電車で西に向かい、スイス首都のベルンを越えると、乗客の話す言葉も車内放送もドイツ語からフランス語に変わった。人口は地理的に複雑に分配されているため言葉は徐々に変わるものだろうが、電車に乗っている場合はその変化は突然来る。ここからはフランス系スイス人が多くを占める。ジュネーブなどまさにそうだ。

ベルンから電車で1時間ほど、ロザンヌに到着した。名前の綴りからも分かるように、フランス語圏である。ロザンヌはスイスの他の都市ほど知られていないが、国際政治やオリンピックなどで重要な拠点である。これはロザンヌ中央駅。この写真のちょうど中央の部分に、オリンピックのマークが見える。
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ロザンヌ駅から北に向かうと、険しい上り坂がある。頑張ってそれを上ること約10分、ロザンヌの旧市街地に入る。
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ロザンヌの旧市街。
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旧市街の中心地の一つ、Place de la palud。
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クリスマスのシーズンであるだけに一層綺麗に見える。
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時間の都合でロザンヌの全てを見ることはできなかった。1時間ほど滞在し、別の電車でジュネーブに向かった。
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