Politologue Sans Frontieres 「国境なき政治学者」

セントルイス大学政治学部教授。国際関係学科主任。元米空軍教員。

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2021年08月

日本のサイバー防衛に関する論文の要旨

今年3月に出版した以下の論文の要旨を日本語でまとめました。出版会社のウェブサイトからは全文を読むことはできないので、個人的に職場宛にメールを頂ければ、喜んで論文全体をお送りします。

このエントリーはしばらく固定します。このブログの最新のエントリーはこの記事の下からご覧ください。

From Cyber Denial to Cyber Punishment: What Keeps Japanese Warriors from Active-Defense Operations?



本稿では、サイバー空間における行動上の規範において日本政府が直面する問題点を幾つか指摘し、今後のサイバー政策を充実させるよう議論に貢献することを目的としている。特に、日本政府が海外からのサイバー攻撃を抑止するために必要な政策の選択肢を多角的に考察し、どのような戦略を用いることが日本のデジタル・ネットワークを効率的に守ることができるのかという問題に焦点を置いている。


日本の戦後防衛政策の根幹である「専守防衛」の概念は、日本のサイバー戦略に直接的な影響をもたらせている。サイバー空間における日本の専守防衛政策は国際安全保障学では denial defense とも呼ばれる。対立する概念は能動的防御(アクティブ・ディフェンス)と呼ばれる、抑止のための反撃を可能とするサイバー戦略である。そしてこの論文では、日本政府が能動的防御戦略を採用する際に直面する問題を分析することにより、日本のサイバー政策がなぜ専守防衛の概念に沿い続けるのかについて、以下の三つの理由を考察する。


第一に、日本の平和憲法を中心とする法体制は根本的に受動的防御(パッシブ・ディフェンス)という形の武力行使を中心とするため、結果として能動的防御戦略の採用を難しくする。事実、現在日本政府が採用するサイバー防衛の政策は全て受動的防御の概念に沿ったものである。


第二に、日本が能動的防御戦略を採用するには技術的に大きな問題が生じる点である。能動的防御により攻撃者を抑止するためには、攻撃者との意味伝達が必要になり、それは公に行う場合も表面下で行う場合もジレンマが発生する。意味伝達を公に行う場合、交渉の緊張感が高まり、攻撃者の立場を優位にし、結果として日本にとって不利に働く。一方で攻撃者と表面下で話し合う場合、その交渉の過程が相手側により一方的に公開されてしまう可能性を秘めているため、相手を抑止しながら交渉することが困難になる。


そして最後の理由は、攻撃者に対する反撃オプションを含む抑止政策は極めて複雑で、その過程で多くの国内政治的問題が発生する点である。前述のとおり、能動的防御は攻撃者との緊張関係を悪化させる可能性を高めるが、緊張関係の増加は日本社会に適していない。日本の現在の法体系が能動的防御に適していない点に加え、反撃を必要条件とするサイバー戦略は今の日本の政治環境とは合致しないためである。


サイバー空間の力学は様々な面で変革を続けており、今後とも攻撃側に有利な戦略的環境が構築されることが予想されている。本稿ではこの状況の中、日本のサイバー政策はこれからも受動的防御の概念に沿った形で限定的な変化を続けると予想する。

オフェンシブ・サイバー(攻撃型サイバー作戦)に関する研究

来月発表予定の論文を進めている。これはオンラインで開かれるオフェンシブ・サイバー(攻撃型サイバー作戦)に関する会議で発表するもので、イギリスの研究機関が来年出版する予定の本の一部になる。私の仕事は最大5千字の論文であるため、それほど時間はかからないが、来月の発表会では世界中から様々な専門家が出席するため、まともなものを書かなくてはならない。

既に出版した研究に一貫する形で、私は防衛・抑止目的のオフェンシブ・サイバーには限定的かつ肯定的な考えを持っている。世界各国のサイバー戦略はその重要性が反映されているし、日本のサイバー防衛政策でも、様々な形でそのメリットが認識されている。日本のネットワークを守るためにはより積極的になってもいいほどだと感じている。

今回の研究ではそれを元に、ここ数か月の間新しく行った研究を付け加える形で進めている。

アフガン専門家の誕生とパキスタンのISI

アフガン情勢の悪化に伴い、アフガン問題の専門家になる国際政治学者が出てきている。数か月前のミャンマーの時もそうだった。この現象は日本だけでなくアメリカでもあり、昨日までサイバーの事だけツイッターしていた人が今日になり突然アフガン戦略を打ち出し始めた。今まで感染症などしてこなかった医師や政治家が突然コロナの専門家になるのと近いものがある。

イスラム国@コラサンの介入で一気に複雑化したアフガン情勢だが、同時に現地における敵対関係が徐々にわかりやすくなってきている。日経新聞を読んでも、海外の一部の報道と同じくらい高い質の記事を書いている。そこで気になるのがあまり報道されていない主体だ。イスラム国と対立関係にあるタリバンとアメリカの政策調整に注目が集まるのは理解できるが、ほとんど報道されていないのがパキスタンのISI。ハカニ・ネットワークもパキスタン・タリバンもアルカイダももちろん重要だし、中露米のグレート・ゲームも大切だが、ISIを忘れてはいけない。現在のアフガニスタン情勢を理解したいのなら、私だったらパキスタンの国内情勢をしっかり理解している人に話を聞くだろう。

ランサムウェアに関する有益な報告書

ランサムウェアに関する有益な報告書を見つけた。出版されてから4か月ほど経過しているが、サイバー攻撃側がどうやって準備をし行動に移すのか、そしてどのような手段やツールを用いるのかなどが的確に書かれており、とても参考になる。

サマンサ・パワーの The Education of an Idealist を読みながら思うこと

先日書いた通り、サマンサ・パワーの The Education of an Idealist を読んでいるが、思うことが幾つかある。

ワシントンで政権入りする人間には多くの種類があるが、政治任命で入る人たちのほとんどが人脈や選挙のタイミングなど、いわゆる政治的な機会を利用する。

パワーの本を読んでいて意外に思ったのが、彼女もその一人だったことである。私は元々、彼女はボスニアをベースにした人道的見地を持つ記者として、真摯に世界中の人種問題やジェノサイドを解決したいタイプの人間だったと思っていた。

しかしこの本から明らかになるのは、彼女のキャリアは比較的無計画で、突然生まれた政治的な野心に振り回されてオバマ政権入りするに至った点である。言葉を換えれば、オバマを取り巻いた政治的オペラティブとほとんど変わらない、政治任用を使って政権入りしようとするタイプだったのである。

人権問題などに生涯かけてやる人たちとは違うタイプで、プロの記者ではない。

微かな違いと言えば、パワーの場合は過去に政治経験がなくオバマ時代の政治の世界に入ったという点が挙げられるが、それは特に世界の問題を解決しようとして入ったのではなく、自分の前に偶然現れたタイミングと同僚から与えられたネットワークを利用して政治の世界にアマチュアとして入り込んだだけである。

続く。

榊原英資氏の「財務省」読了

榊原英資氏の「財務省」を読了した。有名な方なので、著者に関する詳細は割愛する。この本の評価だが、総合的に見るとあまり高いスコアは与えられない。大蔵省勤務数十年の経験を持つ著者の見解からは幾つか学ぶ点はあるが、本としての問題は多く、読者はこの本から多くは学ばない。

「財務省」というタイトルとは裏腹に、この本からは基本的に財務省の組織と、特に人事の事しか学べない。財務省のキャリア公務員の誰が出世するか、という問題に異様な注目を置いており、それを検証するために、著者の知っているトップ人事の話を選んでまとめ、出世した役人がなぜ出世したのか、その点を執拗に繰り返す。言ってみれば、財務省外の人間には無関係の本である。

本著には不必要な繰り返しが多く、大切なスペースと読者の時間を無駄にしている。特に財務省の「エリート」が出世するためには政治家と近くならなければないなど、誰でも知っている点を繰り返す。

私は著者に対して「コンプレックス」など全く抱かないが、この本には著者自身の自慢とも取れる表現が至る所に散りばめられており、特に無関係の場所にあるのが顕著である。例えば43ページ。著者が先進国の財務大臣と財務事務次官を比較しているときに、財務官まで登りあがった自分の経歴を無理やりねじり入れる。「ちなみに、日本の財務事務次官は50代後半から60歳前後でなるのが普通で、筆者が国際金融局長から財務官に昇格したのは1997年、56歳の時でした」は一瞬見過ごしてしまったが、よく考えると著者の意図が伝わってくる。

財務省というタイトルの本を書くのなら、財務省内の組織や数少ない「エリート」の成功話だけでなく、他の省庁との関連、一般企業との関連(天下りに関しては多少言及)などの詳細を持ち出し、読者にとって興味深い点や体験談などを盛り込むべきだったろう。我々一般人は具体的に財務省とどう接し、どう評価すべきなのか? 著者の海外出張などで何を学んだのか? 欧米諸国だけでなく、先進国の代表ともどのような仕事をし、どのように交渉したのか? 

また、著者自身が若い時に大蔵省から離れさせ、政治家の道に進もうと思わせた大蔵省内部の社会的構造は何だったのかなどを書くとより客観的な見方もできるようになる。著者はなぜ自由クラブから出馬しようとしたのか、どういう経緯で埼玉大学で教えることになったのか、ハーバードでの一年で財務省(大蔵省)の何を教え、財務省に関して何を学んだのか、数年過ごしたワシントンで得た教訓は何か、どう大蔵省を代表し、どのような国益をあげたのかなど、書くべき点はたくさんあっただろう。

Rafia Zakaria の Against White Feminism

専門外だが、この種の見解に興味を持っている。


文中で共感する表現が、

The first few lines of her book clarify exactly who she's calling out as a white feminist: ". . . someone who refuses to consider the role that whiteness and the racial privilege attached to it have played and continue to play in universalizing white feminist concerns, agendas, and beliefs as being those of all feminism and all feminists."

Zakaria illustrates how these values are in service of white supremacy and capitalism, leaving no room for any Black, Brown, or Asian feminisms.

事実、私が見る限りはアメリカでのフェミニズムを推進する人物のほとんどが白人だ。その割合は人口比でどれほどかは分からないが、アメリカ国内のフェミニズムのナレティブは白人によって形成されていると感じる。それが生み出す意味合いは大きい。

セントルイス近郊をドライブして見える景色

先週、所用で、普段あまり行かない場所をドライブしてきた。セントルイス北西部のブリッジトンという、人口1万人ほどの小さな町である。

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車の中からなので少し光が反射している部分がある。

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基本的には町というよりも空き地や農場のほうが多く、トウモロコシ畑も見られた。

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民家。

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街で唯一の高校、パトンビル高校。生徒の内訳を人種的に見てみると、白人49%、黒人33%、アジア人3%、ラティナ・ラティノ9%、ミックスが5%とのことである。

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校庭と思われる部分。緑が多い。

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大学の教員評議会

秋学期初の学部会議が先週開かれ、2022年初頭より2年間、大学の教員評議会における政治学部の代表に就任することになった。大切な任務頑張ります。

榊原英資氏の「財務省」読み始め

榊原英資氏の「財務省」を読み始めた。



サマンサ・パワーの本と同時進行になるが、日本語のこちらのほうが文字数が少ないこともあり、早く読み終えるだろう。期待している一冊。
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