本稿では、サイバー空間における行動上の規範において日本政府が直面する問題点を幾つか指摘し、今後のサイバー政策を充実させるよう議論に貢献することを目的としている。特に、日本政府が海外からのサイバー攻撃を抑止するために必要な政策の選択肢を多角的に考察し、どのような戦略を用いることが日本のデジタル・ネットワークを効率的に守ることができるのかという問題に焦点を置いている。
日本の戦後防衛政策の根幹である「専守防衛」の概念は、日本のサイバー戦略に直接的な影響をもたらせている。サイバー空間における日本の専守防衛政策は国際安全保障学では denial defense とも呼ばれる。対立する概念は能動的防御(アクティブ・ディフェンス)と呼ばれる、抑止のための反撃を可能とするサイバー戦略である。そしてこの論文では、日本政府が能動的防御戦略を採用する際に直面する問題を分析することにより、日本のサイバー政策がなぜ専守防衛の概念に沿い続けるのかについて、以下の三つの理由を考察する。
第一に、日本の平和憲法を中心とする法体制は根本的に受動的防御(パッシブ・ディフェンス)という形の武力行使を中心とするため、結果として能動的防御戦略の採用を難しくする。事実、現在日本政府が採用するサイバー防衛の政策は全て受動的防御の概念に沿ったものである。
第二に、日本が能動的防御戦略を採用するには技術的に大きな問題が生じる点である。能動的防御により攻撃者を抑止するためには、攻撃者との意味伝達が必要になり、それは公に行う場合も表面下で行う場合もジレンマが発生する。意味伝達を公に行う場合、交渉の緊張感が高まり、攻撃者の立場を優位にし、結果として日本にとって不利に働く。一方で攻撃者と表面下で話し合う場合、その交渉の過程が相手側により一方的に公開されてしまう可能性を秘めているため、相手を抑止しながら交渉することが困難になる。
そして最後の理由は、攻撃者に対する反撃オプションを含む抑止政策は極めて複雑で、その過程で多くの国内政治的問題が発生する点である。前述のとおり、能動的防御は攻撃者との緊張関係を悪化させる可能性を高めるが、緊張関係の増加は日本社会に適していない。日本の現在の法体系が能動的防御に適していない点に加え、反撃を必要条件とするサイバー戦略は今の日本の政治環境とは合致しないためである。
サイバー空間の力学は様々な面で変革を続けており、今後とも攻撃側に有利な戦略的環境が構築されることが予想されている。本稿ではこの状況の中、日本のサイバー政策はこれからも受動的防御の概念に沿った形で限定的な変化を続けると予想する。













