Politologue Sans Frontieres 「国境なき政治学者」

セントルイス大学政治学部教授。国際関係学科主任。元米空軍教員。

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2023年06月

ニューズウィーク日本版「サイバー攻撃手法の変化──企業のシステムに侵入できるアクセス権が販売されている」

記事にある、イニシャル・アクセス・ブローカー(IAB)は厄介な問題だが、新しい問題ではない。ここ数年で既に研究が進んでいる。事実、記事中のデータも去年のもの。


デイリー新潮「欧州の駐日大使館に勤務するフィリピン人清掃員を尾行して判明した意外な事実【元公安警察官の証言】」

詳細が乏しいが興味深い話。この種の話はほとんどの場合外に出てこないが頻出していると感じる。


世界遺産の街コインブラを、真っ暗早朝5時に大汗をかきながら歩く

マドリッドからの夜行バスは定刻通り午前4時50分にコインブラに到着した。スペインとの文明の違いをまず感じたのは、この街の中央バス停にはトイレが無いこと。ターミナルの建物さえもない。自販機もない。この世界遺産の街には長距離バスの停留所が存在しないのだ。ピックアップとドロップオフの場所が、高速道路の下の道路にポツンとあるだけなのだ。

これは予めグーグルマップで調べていて知っていたため、想定内だ。だが、こんな早い時間では近くの店もやっておらず、ようやく見つけたマクドナルドの中を覗くと、店員数名が床掃除をしていたので、極めて限られたポルトガル語を使って彼らに入れてくれと頼むも8時まで入店不可と言われ見事に撃沈。

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仕方なく、予め用意していたバックアップ用の菓子パンを頬張りながら今朝の目的地、コインブラ大学に徒歩で向かった。その時間は片道45分ほど。歩いている人は私以外誰一人いなかった。外は真っ暗だ。こちらは丸腰でパスポートもカードも持っている。この種の移動では荷物は最小限に抑えるため動きは取れるが(大きな荷物は別の場所に保管している)、ある意味危険だ。

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近付いて見ると、日本語のバックパックが売られている。「さぁ、エッグマン」と書いてある!

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踵を返してコインブラ大学に向かう。

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古い建物だ。ゲストハウスと書いてある。

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静かな路地。

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鉄道のコインブラ駅に到着。中に入ってみよう。

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電車が一台出発を待っていた。

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中には一人座っていた。エンジンの音以外は何一つ聞こえない。

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駅を出て、コインブラ大学に向かう。駅の近くに小さなホテルがあったので、そこの人に頼んでトイレを使わせてもらった。

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コインブラのメイン広場の一つ、Largo da Portagem。綺麗な空間だ。

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地獄はここから始まった。目的地のコインブラ大学に行くには、かなり急な階段を登って行かなくてはならないのだ。避ける道はない。こちらは普通のリュックを背負い、小さなスーツケースを持っている。覚悟を決め、道を登り始めた。

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すると徐々に、美しい景色が待っていた。モンデゴ川。

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この右の道を登ってきて、今度はこの左の道を登る。

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ディエンビエンフーに向かった時のベトナム北部の絶景ではないが、これも美しい。少しずつだが頑張れるような気がしてくる。そもそも、諦める気はさらさら無かったが。

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この階段はどこまで続くのだろうか。

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上り坂はまだ続く。

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徐々に明るくなってきた。

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コインブラ大学に到着。

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歴史ある大学とは言え、機械的な建築様式で少し落胆する。

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ここが大学で最も有名で、世界遺産として認められている場所。残念ながら時間が早すぎるため中に入れず。予想はしていたが、それも人生。また来れることを祈る。

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無人の大学キャンパスを少し歩いてみた。

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何十年前のドアだろう。

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一通り見て、今朝の目的は達成できた。リスボンに向かう私のバスは午前7時40分に、同じバス停から出発する予定だ。そこに向かうべく、道を下り始めた。

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観光客が多く通る道なのだろう。気持ちは分からないわけではない。

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猫や、何を見ているのだろうか?

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コインブラ名所の一つ、旧大聖堂に到着。

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そこから更に道を下る。

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Porta de Barbacã に到着。ここも有名な場所だ。

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ようやく平らな道に辿り着いた。

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橋を渡り、コインブラで最も有名な写真撮影の場所に来た。この景色を独り占めできるのは嬉しい。

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ここからバス停までは徒歩で20分ほど。この時には既に開いている店があったので、地元の喫茶店でエッグタルトとパンを購入し、リスボン行きのバスに乗り込んだ。

マドリッドからコインブラまでの夜行バスの道

今回は時間と予算の都合で、マドリッドからリスボンまで陸路だった。理想的にはマドリッドを高速鉄道で午前中に出て昼過ぎにリスボンに到着、なのだが、現実は少し厳しかった。夜行バスになったのだ。

ポルトガルはここ数か月の間、鉄道組合によるストがあり、私が出張を行っていた正にそのとき、予約していた長距離電車が見事にキャンセルされた。予め心の準備はしていたため驚きは少なかったが、夜行バスへのスイッチを余儀なくされた。

とは言え、このブログでも、旅する時はできるだけ公共交通手段を使うようにしている、と書いている。なので喜んでバスにも乗るべきなのだ。ローカルに行けば行くほど学ぶことは多いので、この種の機会は受け入れるべきだ。





予約したのが遅かったということもあり、私が乗ったのはリスボンまでの直行便ではなかった。私のスケジュールに最も適した時間にリスボンに到着するバスは、コインブラで乗り換えなくてはならなかった。世界遺産で有名な。

出発当日、マドリッドの南駅バスターミナルに深夜前到着。ちなみにこのバスターミナルのインフラは酷く、私の乗るバスの情報(ゲート番号など)が電光掲示板に提示されたのは出発15分前ほど。それまではバス会社のカウンターには誰一人おらず、質問もできず、半分以上運任せ・携帯情報任せの酷いやり方だった。

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それでも午後11時半、私の乗ったバスは定刻通り出発し、ポルトガル国境に向かった。サラマンカを越え1時間ほど走ると午前3時半ごろ、国境近くのサービスエリアに到着した。

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場所はここ。

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ここで10分の休憩とのこと。皆がバスを降りた。

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トイレの後はこのスーパーでファンタを購入。スペインのこの地域は乾燥しているので喉が渇く。

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闘牛文化はここにもある。

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スーパーの向かい側にはバルが。運転手2人と乗客数名はここで何とタパスを食べ始めた。ようやるわ。

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結局、10分の休憩は30分ほどとなり、1時間後、無事にコインブラに到着。次のエントリーはコインブラの模様をお伝えします。

朝日新聞「「通信の秘密の保護」に制限検討 サイバー攻撃への対処、政府が強化」

日本のネットワークを標的にするサイバー攻撃を少しでも減らすには必要な法改正。この点はここ数年の論文で何度も述べており、正しい方向に向かっているとの印象を持つ。サイバー攻撃を減らすには日本従来の防衛戦略及び国際法遵守に固執するのではなく、一種の牙を持つ抑止戦略が必要不可欠だ。


リスボン軍事博物館を訪れた

午前中の仕事を終え、すぐにオリエンテ駅へ。

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そこから電車に乗り、サンタ・アポロニア駅へ向かう。

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その日に乗った電車。

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10分ほどで目的地最寄り駅に到着。

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サンタ・アポロニア駅で見た電車。

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サンタ・アポロニア駅は終点駅。

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目的地のリスボン軍事博物館は駅前にある。ここは実は、前回訪れた際に行こうとしていたが、時間の関係で諦めていた。しかし私の著作にあるように、ポルトガルの元植民地のギニアビサウは私の研究の対象だった国で、当時を含めてかなり調べていた。事実、ポルトガルの対反乱軍戦略から学べる点は多く、この博物館にも関係書類があると読んでいた。それもあり、今回訪れることにした。



そしてこの荘厳な入口!

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入口ゲート。

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ポルトガルは壁画が有名で街中至る所にある。軍事博物館も例外ではない。

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そして入館。調和の取れた、海の街にありそうな色使いだ。

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まずは無数の大砲が訪問者を迎える。

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大航海時代を思わせる。

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建物に入る。

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少しすると陸軍作戦の歴史を刻んだ場所に着く。ここではポルトガルが行った海外遠征の記録が記されており、ギニアビサウを含めた元植民地での軍事作戦も言及されている。

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ギニアビサウの地図。

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その部屋を出て、短い階段を降りる際に見ることのできる壁画。

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涼しい地下室では更に大砲が迎えてくれる。

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少し記憶が飛んでしまい申し訳ないが、地下と1階のどちらかにこれがあった。

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1階にある奥の土産屋にあった、日本を思わせるコースター。日本はこう表現されている。

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1階奥の展示場。

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天井を見上げる。

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この階段を上って2階に上がる。

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この博物館の2階は素晴らしい。リスボンの他の観光場所と比べ訪問者の数が圧倒的に少ないので、このようにベルサイユ宮殿を思わせるような大部屋さえも独り占めすることができる。

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海の神ポセイドン。

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奥まで続いているのは分かるだろうか。これはほんの一部分で、博物館全体はもっと大きい。総じて、館内をゆっくり回るには2時間ほどかかるだろう。

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この左の絵をズームしてみると、

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私が中学生のころ、まさにこの機関銃のタミヤのプラモデルを買い、ジオラマまがいの遊びをしていた。これは第一次世界大戦で使われていたマシンガン。

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2階で唯一、1階を見下ろせる場所。

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まとめると、この軍事博物館は過小評価されており、軍事問題に興味を持たれる方にとっては天国のような場所だった。入場料も5ユーロほどと安く、信じられないほど素晴らしい展示物が訪問者を迎えてくれる。サンタ・アポロニア駅から徒歩1分と好立地でもある。

ポルトガルでの食事

今回は短い時間しかリスボンに滞在できなかったが、食事は楽しんだ。朝食はホテルのバイキングで満足したが、それ以外ではやはりイワシ料理を、地元のレストランで堪能した。

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そしてリスボンで最も有名なタルトの店を再訪した。

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バスコ・ダ・ガマの棺で知られる世界遺産、ジェロニモス修道院から徒歩で東進すること5分。到着したのは Pastéis de Belém。

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今回購入したのは…

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当店名物のタルト3つ! ポルトガルでは何度もタルトを食べたが、やはりここのが一番美味しかった。甘さ、柔らかさ、バランス全ての点で最高だった。

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前回来た時にもお世話になった、オリエンテにあるバスコ・ダ・ガマ・ショッピングセンター。ここの2階の一部はフードコートになっている。今回試したのはこの店。

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このイカ焼きもメッチャ美味かった。右のは黒豆。ソフトドリンク込みで値段は確か9ユーロほど。

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そしてバスコ・ダ・ガマ・ショッピングセンターはこんな感じ。

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バスコ・ダ・ガマ・ショッピングセンター1階のスーパーにて。魚がこのような形で普通に売られている。アメリカ中西部では考えられない風景だ。ポルトガルは食事の面で先を進んでいる。

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同じスーパーにある、和食コーナー。中華でもなく、韓国でもなく、やはり日本。人気があるのだろう。

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マドリッドの夜の散歩で見た景色

マドリッドを少し散歩してきた。夕食後の時間だがまだ明るい。暗くなるのは9時半を過ぎてから。今回のエントリーは大体2時間ほどの散歩で見た景色を掲載する。

スペインの建築方式は面白い。このように左右対称で統一する場合が多い。色使いもよく調和がとれている。

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滞在場所近くの路。

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La Latina 駅から徒歩で北上する。

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ヨーロッパの細い路地は魅力的で、つい一枚撮ってしまう。今回のアルバムでもその種の写真を多く掲載する。

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La Latina 駅を西に10分ほど歩くと見えてくるのが、Real Basílica de San Francisco el Grande。

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近付くにつれて大きな教会が目に入る。

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そこから北上すると、ドラクエの世界で出てきそうな、丘から見下ろす荘厳なアルムデラ大聖堂。

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アルムデラ大聖堂の突き当りを東に向かう。

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比較的静かな通りでムードが良い。

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突然出てきた和食店。トトロが見える。

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マドリッドの旧市役所に到着。決して有名な観光場所ではないポイントだが、素晴らしいムード。他の観光客も写真を撮っていた。

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更に東進しサン・ミゲル市場へ。前回に加え、今回もここで何度が立ち食いをした。

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この夜はこの一番左のタコのタパスを一つオーダー。

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日本人の口にも合う味。

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そこからプラザ・マヨールを越えて、ソルへ。素晴らしい照明の建物。

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お疲れ様でした。

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文春オンライン「日本が“同調しなければ生きていけない社会”になっている問題について」

海外出身だからこそ理解の幅が広い、日本社会における同調圧力。主な論点は以下の点。



「みんなの話題についていきたい、みんなと一緒に喜ぶことが是という、同調することをこよなく愛する日本人の特徴」

「日本社会は海の中の世界でいえば、小魚がもっと大きな魚からの襲撃からひたすら身を守るために群れを作って泳いでいる姿に重なる」

「群れの動くほうへひたすら集団から遅れないようについていくことに安心・安全を重ね合わせているのだ」

マネー現代「【インバウンドの罠】日本の観光は楽しむのも稼ぐのも外国人…大半の国民は恩恵どころか、観光公害のみという「ヤバすぎる事態」」

とても良い記事だと思う。是非読んで頂きたい。


コロナ以前、大手メディア会社でさえも疑うことなく、大体的に宣伝していた海外からの旅行客に注目した観光産業の開発に対し、少しずつだがまともな意見が出始めてきた。この記事がまさにそれだ。

ここ数年の間に日本政府も力を注いできたインバウンド中心とした観光産業は実際、フランスやイタリアのそれと対して中身が変わらず、世界最先端の経済大国のすることではない。更には記事で指摘されている通り、日本人旅行客に頼る内需にも否定的な影響を及ぼし兼ねない。

外貨をこれだけ得ていても日本国民の生活が豊かにならないのは、今の経済政策に大きな問題があり、それに十分向き合っていないからではないだろうか?

焦点を置くべきなのは世界からの需要を大きく惹きつける産業の発展である。戦後の日本復興の中心的役割を担ったのはそれが当時の技術を駆使した製造販売業界であり、現代はデジタル化を最先端にもたらす科学技術の開発と販売が必要な時代だ。
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